《あんま》は皺首《しわくび》を突出《つんだ》して至って小声に……一週間前にしかもこの宿で大阪《おおさか》の商家《あきゅうど》の若者が、お定《さだま》りの女買《おんながい》に費込《つかいこ》んだ揚句《あげく》の果《はて》に、ここに進退きわまって夜更《よふ》けて劇薬自殺を遂《と》げた……と薄気味悪《わ》るく血嘔《ちへど》を吐く手真似で話した。
私の顔色は青く、脈搏は嵩《たか》まったであろう。どこやらの溝池《どぶいけ》でコロコロと蛙《かわず》の鳴音《なくね》を枕に、都に遠い大和路の旅は、冷たい夜具《やぐ》の上――菜の花の道中をば絶望と悔悟《かいご》と且《か》つ死の手に追われ来た若者……人間欲望の結局に泣いて私は、尚《な》お蛙《かわず》の菜の花にひびかせて歌うに聴きとろけつつ……
ランプが薄ぼんやりと枕許《まくらもと》に夢のように在る。
朝、眠不足《ねむりふそく》な眼の所為《せい》か、部屋の壁に血のような赤い蝶が止《とま》っていた。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「新小説 明治四十四
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