教育心理に關する現下の問題二三
久保良英

−−
【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]
−−

             一

 教育心理に於て相變らず中心の問題をなすものは、學習の法則である。一方に動物心理から發達したソーンダイクやワトソンの法則があり、他方に形態心理の見地から主張したコフカやオグデンの法則がありて、互に論爭をつゞけ、中には兩者の折衷を試みんと企てゝゐるものもある。
 ソーンダイクの學習の法則は準備、練習、結果の三つであるが、その中心をなすものは結果の法則である。即ち學習の最初の行動は試行錯誤によりて行はれ、その中で結果を持ちきたすものゝみが漸次に固定されて行き、遂に學習するやうになるといふのである。しかもこの法則はソーンダイクが最初述べたものから漸次に變化を被つて居るやうで、最近の彼の著作「人間學習」によると、可なりに彼の思想の發展を示して居るやうである。
 彼の最近の考へによると、結果の法則に對して五つの新しい概念を設定してゐる。第一は附屬することで、これは二つの事物の繼續に於て、後のものが前のものに附屬することが必要である。即ちかゝる繼續は關係又は附屬を有することを意味して居る。第二は同一視で、一の状態又は一の反應が他のそれと容易に結合することは、その状態又は反應の質に關係するといふことである。即ち二つの状態又は反應の質の間に同一關係があればあるほど兩者は結合する。第三は有用で、反應が役に立ち或は喚び起され得る程度に比例して結合が容易に出來上るといふことである。第四は試行で、目的に對し不適當又は不正の反應をする場合を説明するために之の試行を用ゆる。第五は系統で、聯合的習慣を作り上げる結合傾向で、それは精神生活の根本的な動的樣式を生ずるものである。

             二

 かやうに述べてくると、形態心理學の主張と接近して來たかのやうに見ゆる。形態心理學によると、學習とは組織又は形態の構成であるとする。而してこの組織の構成にはソーンダイクのいふ附屬すること、即ち關係の感を包含して居るといへよう。殊にケーラーの如きは類人猿の學習にこの附屬の成分を發見して居るし、レヴィンは人間の學習にその成分を認めて居る。
 次にソーンダイクの同一視は、形態心理學に於て、ある構造は安定して居り、ある構造は不安定であるといふことに近い。ゴットシャルトは最も簡單な且つ最も普通に經驗される幾何學的圖形の再認を命ずると、その再認圖形はそれの全體的圖形によりて影響されるといふ結果を得た。即ちある構造は安定性に於て相違するから、ある構造の部分は他の構造の部分よりも遙かに分離され易く、而して新な全體の部分になりて安定を得るといふのであるが、ソーンダイクが結合する反應又は状態の質によりて結合が容易であり又は困難になるといつたことゝ相似て居るやうに思はれる。又構造の安定性は經驗の多少有無によりて影響されるものでないとのゴットシャルトの結論は、ソーンダイクと同一の事を考へてゐるともいへよう。
 次に反應が役に立つといふソーンダイクの條件は、シュワルツの實驗と關係を有し、氏は反應の有用性は、その反應を含む全體の構造によるとする。構造の安定性に變化が生ずると、一定の反應がその全體から分れて表はれてくる。即ち構造の安定性が新しい反應の出現を規定するもので、一定の状態に學習又は習慣構成を生ずるか否かはこの安定性に基づくものである。かくして有用といふことは構造の安定性と關係があるといへる。
 次に試行といふことには、ある問題が與へられると、それを解決せんとて種々の行動を試みることの意味も含まれて居る。而してその目的が達せられると、その種の行動は止まつて他の行動に轉ずる。それは遠くにある目標の知覺、緊張が無くなること、平衡を得ること等と關係し、更に動機づけについての形態説の根本概念と關係して居る。
 最後に系統といふことも、聯合的習慣を形造るのであるから、精神生活の根本的な動的形體を取る結合で、その結合は組織とか構造を作り上げることを意味すといへるのである。

             三

 以上は形態説とソーンダイクの主張とを、双方から少しく歩み寄らせた上のことであるが、兩者の間には尚越ゆべからざる空隙がある。今少しくソーンダイクが結果の法則に連關して述べて居る所を引用して見よう。
 心理學者は學習の原因として、滿足することに力を與へることを恐れ、それは、相互作用、快樂説、神秘説、快樂論的意識の未知の生理的類推であると恐れ、結合の結果
次へ
全5ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久保 良英 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング