来すれば、産業界及び政治界に於ける近代の乱雑なる情勢は忍ぶべからざる空虚なものとなり、人は科学的理論に於けるが如く、社会の機構に於て、優雅性を必要とするだろう。宇宙が明瞭に見られるならば、社会もまた明瞭に見られ、そしてその不健全性も明となって、排除されるだろう。

 だから、科学的新聞という技術が必要である。かかる技術はまだ存在していないけれども、その性質の如何なるものなるかを知って置く必要がある。科学的新聞の機能は最近の科学的研究の雰囲気と事実とを民衆に知らしむるにある。就中その雰囲気を知らしむることが、重要なる役割である。事実の正確は願わしいものであるけれども、雰囲気の正確に比すれば、さほど重要なるものではない。現在の科学的新聞は主として彼等のポケットマネーを得んとする科学者によって、または研究に没頭するには余りに年取った科学者によって行われている。従って彼等の仕事は離ればなれであって、先ず彼等の動機にもとづくスタイルに欠点があり、次に、墓場に近づいているものを感動せしむる精神的なるデコンセントレーションがある。これらの典型的なる科学的新聞記者は彼等の仕事を娯楽と宗教との用語で考えているけれど、本来の技術としては、科学的新聞は社会的なるものである。それは産業に科学を応用することによって創造された文明の機構に必要なるささえである。
 科学の雰囲気が一般的に理解されなければ、近代の社会は崩壊する。将来の社会は恐らくば科学の各分派に於ける雰囲気と、主要なる事実を簡単に示し、そして記者の意見に拘泥しない非個人的新聞を必要とするだろう。科学者に接触したものは、如何なる者でも、最近の科学的仕事の一般的説明が、如何に屡研究者の態度ではなくて、如何に事実を与うるにあることを知るだろう。例えば、今日の学理的物理学の指導者は、約三十歳の人であり、その思想は約五十歳またはもっと年取った人々によって拡張されたものであって、これらの広く読まれた説明は若い創造的思想家の心理を示していない。ハイゼンベルクとディラークとの革命的にして、困苦な、輝かしい報知は神秘主義を産まない。それは創造的なものが非創造的なものに対して刺戟を与えたための成長である。
 神秘主義は理解し能わざる者の産物であり、理会の代用品であり、哲学のマルガリンである。科学的新聞記者の態度は創造的労作者のそれを学び、これらの労作
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