ゐる田植歸りの百姓の家族、山際の殘照、月見草の花、それらが車窓から私のセンチメンタルになつた心に映つて、過ぎて行つたのを今でもはつきり思ひ出す。
 その淋しさが極つた頃、城崎驛へついて、俥で狹い明るい町を、四五町宿やへ曳かれて行つたが、一種の物珍らかななつかしい印象を受けた。其狹い町の兩側の温泉宿の、細格子のはまつた二階三階の明るい燈火や土産物を賣つてる店の品物を照らしてゐる電燈、その間を流れてゐる町中の小川等の感じは、何となく芝居の書割を聯想させるやうな、又、廓を思はせるやうな、一種まとまつた、ハイムリッヒな、好い心持だつた。
 其夜は宿屋の往來に近い一室に寢て、町を往來する下駄の響を耳にしつつ眠りに就いた。
 此汽車で梅雨期の山陰道へ入つて行つた感じ、夜の温泉町の明るい印象、其夜の旅愁、これらは歌にしようとして、自分もまだ歌ひこなせないでゐる。

 私の滯在中に盂蘭盆《うらぼん》が來た。盆の夜は、町の橋の上で、土地の男女が編笠や手拭をかぶつて、鄙びた稍※[#二の字点、1−2−22]みだらな感じで踊つてゐたのを思ひ出す。その邊は、浴客の見物もあつて、ひどく賑やかだつたが、町をはづれて
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