つて来た。開院式に参列したので、燕尾服に絹帽だ。僕は石川と応接室のヴエランダへ出て、直訴に対する感想を語り合つた。通信社からは、間もなく直訴状を報道して来た。引きつゞき、直訴状の筆者が万朝報の記者幸徳秋水であることを報道して来た。直訴状と云ふものを読んで見ると、成程幸徳の文章だ。
『幸徳が書くとは何事だ』
僕は堪へ得ずして遂にかう罵つた。
『まア、然う怒るな』
と言つて、石川は僕の心を撫でるやうに努めて呉れたが、僕は重ね/″\の不愉快に、身を転じて空しく街道を見下して居た。銀座の大道を、その頃は未だ鉄道馬車が走つて居た。
『やア』
と、石川が出しぬけに大きな声を立てたので、僕は思はず振り向いて見ると応接室の入口の小暗い処に幸徳が立つて居る。
『君等に叱られに来た』
かう言うて、幸徳は躊躇して居る。
『叱るどころぢや無い、よく書いてやつた』
石川は燕尾服の腹を突き出して、かう言うた。
『然うかねエ』
と言ひながら、幸徳は始めて応接室を抜けて僕等の間に立つた。でツぷり肥えた石川、細長い僕、細くて短い幸徳、恰も不揃ひの鼎の足のやうに、三人狭いヴエランダに立つた。僕は口を結んだまゝ、たゞ
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