話をして置かなければならない。
 今日の如く、少数の人間が、僅かの人間が格外なる幸福を占有して、乱暴狼藉に人の財産を打倒して、己が非常な利慾を私すると云ふことを、……………に結托して、その勢を助けてやる。この少数、穏かならぬ少数の為に国家の経済を蹂躙されると云ふことでは、この国家全体の元気と云ふものを失ひ、日本国と云ふ国の肩書を軽んじて来る。この少数の佞奸《ねいかん》邪智の奴ばかりに横領されて、一般人民を圧倒して置く時には、日本の所有権と云ふものを、これを共に重んずる思想が減じて来る。この日本の住民が、政府に……だから幸だと言つて、殆ど人民を無き者の如くに見て、幾ら悪い事をしても知れまい。どんな事しても人民の方には判るまい――斯様《こんな》浅墓《あさはか》な考を以て、当年も増税、明年も増税、諸君は止まる所を何となさるのでござりまするか』
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この時、彼は身心疲れ果てて、殆ど壇上に倒れるばかり、ぢツと双眼を閉ぢ、幾度も頭を振つて、また口を開いた。
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『憲法がある、立派に憲法が行はれて居る。租税を出せ――かう言ふ。私は絶対的反対でございます。憲法は書いたものばかりの理窟で無い。徳義だ。徳義を守るものが憲法を所有する。背徳の人は憲法を所有する権利が無い。憲法は国民四千万同胞の共有すべきもので、悪人には所有権が無い』
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四十歳始めて立憲政治の建立に志を立ててより二十年。今やこの一声を議場の四壁に残して、彼は徐ろに議院の門を出た。

   衆議院議員を辞す

三十四年九月、東京控訴院に於て兇徒嘯集被告事件の第二審公判が開かれた。
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重罪の被告         二十三名
軽罪の者          二十八名
弁護士           五十余名
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鉱毒問題は、帝国議会から裁判所へ移つた。
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一、渡良瀬川沿岸被害地中、被告居村の臨検、及び其収穫高の鑑定、土壌の分析、土質と作物との関係の鑑定。
一、本件犯罪地、即ち雲龍寺より館林、川俣地方の臨検。
一、鑑定人には農科大学の三教授選定。
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これが為めに、判事、検事、鑑定人、弁護士、新聞記者等五十余人の一行は、十月六日鉱毒地出張、十三日帰京した。
田中正造はこ
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