に際し、星は麹町から出でて議員になつた。当時は三級制度で、麹町に於ける一級納税者は三井某一人。井上馨の口入で、星は此の一級議員で市会に入り、参事会員となり、こゝに得意の手腕を揮ふ幕が開いた。その頃東京の第一問題は「市街電気鉄道」の敷設で、市会は既に市の経営を決議して居たのだ。然るに三派の私設会社の運動が勃興し、三十二年九月二十九日市参事会は街鉄私設を決定し、十月十日の市会には公然暴力を以て議員を強迫し私設案を通過した。
伊藤博文が官僚を率ゐ、自由党を基礎として、三十三年九月十五日、立憲政友会を組織するや、山県首相は伊藤を推薦して、二十六日辞表を提出した。内部の整理未だ就かざる政友会は、半ば狼狽、十月十九日に至つて始めて新内閣の成立を告げ、星は入閣して逓信大臣となつた。
その二十日、「東京市民に檄す」と云ふ一文が毎日新聞に出た。
[#ここから1字下げ]
「先に市民が特別市制を廃して独立市政を布かんと運動するや、自ら揚言して曰く、輦轂《れんこく》の下、首都の地、学芸の淵叢、政権の中心たる東京にして、自治の権を許されざるの義あるべからずと。今や此権を得たる市は、如何に之を運施するや。市の公機関は腐敗漢に把握せられ、利刃を倒持して市民の胸に擬せらるゝに非ずや。先には星亨雨宮敬次郎等が、公会を腐蝕し、賄賂を公行して、市街電気鉄道の醜怪運動をなし、以て一大紛擾を醸出したり。爾来醜類の跳梁日に益々甚だしく、糠を貼りて米に及び、或は築港事業に藉口して破落戸《ごろつき》を豢養し、或は学校統一を名儀として、市費を貪婪の手に糜せんとす、彼等姦徒醜類の汚行、一々之を記するにたへず。其九牛の一毛を録するも尚ほ我筆を汚すの歎なきこと能はざる也。予輩、故に唯僅に其一例を挙げて、我言責を明証せざるべからず。
鉛管会社より収賄したる事実は、再三之を報道したり。請ふ詳状を左に挙げん。
[#ここから2字下げ]
第一案 水道給水用鉛管購入の件
一、金拾万四千二百七円四拾五銭也。
是は鉛管百七万八千七百五十封度の代価、但一封度に付金九銭六厘六毛。
主任者は夏目金次郎。三十三年六月十二日起草。同月十四日上局裁決。同日参事会収受。直に主査会に提出。
同月十五日、長谷川より書類稽留。
同十九日、本会に提出。同日太田より書類稽留。
第二案 水道給水用鉛管変更値上げ代価を以て購入の件
一、金拾万七千八百七拾五円也。
是は鉛管百七万八千七百五十封度の値上げ代価、但し一封度に付金拾銭也。
主任者は夏目金次郎。三十三年六月三十日起草。同日上局裁決。七月二日参事会収受。同日主査会に提出。翌三日、参事会にて確定。
[#ここから1字下げ]
是れ大日本帝国の首都たる東京市の名誉職が、白昼公然他を脅嚇して盗賊を行へる顛末書なり。一封度九銭六厘六毛の物品を十銭に値上げしたる結果、増加の差額三千六百六十七円を盗奪せしものなり。
市民諸君。此文書に就て経過の要点を見よ。書類稽留は決して澹泊無味のものに非ず。賄賂を強迫する日子を経過する所以のものにして、参事会員太田直次は六月十九日此の第一案を抑留し、自ら鉛管会社々長郷誠之助に談判し、賄賂を納れざれば購入せざるべしと脅嚇したるなり。会社元と製産費外に賄賂を見込むの計算なし。此に於て価格引上の談判となり、長松某証人として密約成り、六月三十日の定案となりたるもの。奇なる哉、安価の見積書は六月十九日に提出せられ太田に稽留せられて三十日に至りしに、値上げの案は、七月二日に提出せられて翌三日に可決せられたり。――」
[#ここで字下げ終わり]
市参事会員は皆な星の乾児だ。
毎日新聞が「公盗の巨魁星亨」と題して連日攻撃の記事を掲げ、且つ司法権の発動を促がすや、星は忽ち逆襲の兵法を執つた。左に星と先生との往復の書翰を示す。
[#ここから1字下げ]
星亨の来書。
島田三郎足下
足下の主宰する毎日新聞は、近日連りに虚妄の事項を登載し、言を極めて予を讒毀せり。予は世上多くの新聞記者が自ら知らず、而して犠牲責任者の背後に潜みて唯徒らに紙上に呶々するの陋を見、常に其言ふ所に放任し、之を弁駁咎責するの要なしとせり。然れ共足下は其流を異にし、平生道義徳操を標榜とし、士君子を以て自ら居る。然るに今回の事たる、足下其平生に反し、虚妄無責任の事実を濫記し一に予を讒誣し、狂呼暴言殆ど常感の外に逸する観あらしむ。思ふに足下必ず確信する所あるによるべし。
足下果して予を以て言ふが如き汚涜の事実ありとせば、宜しく公然自ら名を署し其責を明にせよ。若し既記の事実を再説するの要なしとせば、従前の記す所、足下の手に成れるを明示せよ。予亦足下の責任に対し、相当の敬意を以て進で此が虚妄讒誣を証明するの手段を講ずべし。此れ足下平生の主張に於て必ずや否む能はざる所なるべし。若し夫れ尚依然として自ら韜晦し漫に無責任の呼号を事とするの陋に出でんか、足下平生の主張は矯飾自ら衒ふものにして従来記する所は悉く確信拠守する所なき妄誣に過ぎざるを表白するものなるべし。
明治三十三年十一月十六日[#地から2字上げ]星亨
先生の返書。
星亨足下
昨十六日附足下の名を以て予に寄せたる書面、或は足下の配下が足下の名を騙て予に寄せたるものに非るかを疑ひ一応足下に向ひて、足下が真に予に此書面を寄せたるや否やを質せしに、足下は今十七日付を以て、彼の一書は確に足下より出でたることを明かにせり。
予は今初めて足下に答ふべし。足下は毎日新聞の記事に対する予の責任を問ふの前、先づ足下自ら其良心に対する足下の責任を一考し、然る後足下が公人として社会に対する責任如何を反省することを望む。
足下が東京市参事会員として汚涜の行為ありたりとの事は、独り毎日新聞之を記せるのみならず、都下地方幾百の新聞之を記載し、帝国四千五百万の民衆之を口にし、復足下の為に其妄を弁ずる者を見ざるは何ぞや。予は心窃に足下の境遇の甚だ悲むべきを察せざるを得ず。足下若し法律に問はれずんば、何事をなすも可なりと考ふるならば、是れ大なる誤謬なり。足下若し法網を免るゝの道を講ずるに敏ならば公罪を犯すも可なりと信じ居るならば、是れ大なる誤謬なり。足下夙に欧米に遊学し、欧米の社会に於て社会的道徳は遙に日本より高く、社会的制裁は遙かに日本より厳なることを知らん。予は平生、日本の社会的道徳を高め、日本の社会的制裁を厳にし、若し証拠の不充分なるが為に法網を免かるゝ犯罪者あるも、断然之を社会の外に、排斥せんことを期するものなり。
足下若し良心あらば、今に於て足下が公人として、社会に対する責任を明かにし、四千五百万民衆が足下に対して抱ける疑惑を消散するに勉めよ。
予は足下に向ひ、足下の現時の要務は、他の責任に就て云為するの前、先づ足下が公人として社会に対する責任を尽し得たるや否やを反省するに在ることを教示せんと欲するものなり。
十一月十七日[#地から2字上げ]島田三郎
[#ここで字下げ終わり]
司法権も漸く動き出して、利光某中島某等市会及市参事会に於ける星の腹心の人達が陸続と監獄裡の人となつた。
帝国議会の召集は、十二月二十二日に迫つて居る。政党改善を標榜して起つた伊藤首相は煩悶した。二十一日、星は遂に逓信官を辞して、原敬が是に代つた。
翌三十五年六月二十一日午後、伊庭想太郎と云ふ剣客の為に星は市会議場に非命の最期を遂げた。
血は一切の罪を拭ふ。世論は忽ち頭を転じて、毎日新聞の詭激の言論を非難した。かくて島田三郎と云ふ名は一世の恐怖となつた。
普選論にこめたる感激
今や選挙法の改正、選挙権の拡張に伴ふて、横浜市は二人の代議士を出すことになつた。二人の議員に三人の候補者。曰く三菱の代表者加藤高明、曰く伊藤政友会総裁指名の奥田義人、及び単身孤独の島田三郎。
二月十四日、「横浜市民諸君に告ぐ」の一文を公にして、先生は戦闘を開始した。全国の視線は横浜の一点に集中した。
三月一日、選挙。投票総数二千四百何十。先生の得票一千四百何十――然らば他の一人は誰か。奥田が当選して加藤が落ちた。この時先生五十二歳。
大正九年二月十五日の衆議院で、先生丁度七十歳、普通選挙法案の演説中に
[#ここから1字下げ]
「明治の初年は如何なる人に依て改革を遂げられたかと申しますと、青年先づ活動して、壮年これに応じ、老年の人これに追随すると云ふことが、明治初年の改革の大に振うた所以であります。――明治初年の先輩に対して、今日この議会に居る所の御同様、甚だ相済まざる感が起つて、吾輩先づこの怠慢を謝さなければならぬ。」
[#ここで字下げ終わり]
かう言うて居られる。
『普通選挙の主唱は政治上の義務です』
と言はれた先生の真意を、首肯くことが出来る。「義務」の一語には幾多の感慨が籠つて居るだらう。而かも明治三十六年の選挙の感激が、中心の動力であることを、僕は窃かに想像する。[#地から1字上げ]〔『中央公論』昭八・五〕
底本:「近代日本思想大系10 木下尚江集」筑摩書房
1975(昭和50)年7月20日初版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
ファイル作成:
2006年9月18日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング