械の発明に依て、物が沢山に出来る、今まで苦み悩んで居た貧民も、肩が休まると思ひました。それは現在の欧羅巴人の考のみでなく、昔の欧羅巴人も矢張り然う思つた。希臘の昔時、東方から水車が来た。この水車に就て詩人アンチパトロスがかう謳うた。
『嗚呼労役者よ、粉車を廻す労役者よ。汝の手を休めよや。安眠して夜を過ごせよ。暁を告ぐる※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]声に気を止むるな。ジユピトルの命により、水神が汝の労苦を救ふを見よ。』
現在の欧羅巴人もこの古代の詩人と同じ望を、器械の発明に嘱して居りました。普通人が器械の発明にかゝる望を嘱したばかりでなく、学者も器械が発明されるならば人間の苦は去らうと思ひましたが、実際皆な大に失望した。
今一つある。前の社会には、うるさいことがありましても、例へば商売するにも免許を得なければならない。我国にも明治維新前には、商売上に特許があり、また才智あるものも、身分が良くなければ随意の仕事が出来なかつた。かゝることは道理に背くと言うて、学者政治家が攻撃した為に、所謂専売特許の制度は無くなりました。斯様に弊害ある制限も解けて、自由営業自由契約の世になつたらばと望を嘱して居りました。然るに今日迄の経験に依りますると、これも亦失望と言はねばなりません。
政治の改良、器械の発明、経済上の特権撤去、三つ揃つたらば、人民安泰で何の不平も無からうかと思へば、然うで無い。この三つが揃つても、その後に劇しい戦争がある。資本家と労働者との間の戦争は、十層倍も劇しく、実に恐るべき戦争でござります。」
「かく考へれば、日本今後の運命に就て考を下すは必要なことゝ思ひます。或旅行家の記事中に『日本程下等人民に不平の顔色を見ない国は西洋に無い。』と言つたと聞きますが、これは決して過激な言葉でないと私は思ひます。凡そ富の額が多いのが良いに相違ないが、生産の道が充分に就て居ても分配の道が立つて居なければ必ず不平が起る。我国では富の額は未だ少いが、分つには平均に近づいて居る。西洋では富の額は多いが、分配に非常な懸隔がある。」
「我日本の有様を見るに、これまで総体に貧乏である。成程貧富の懸隔は無いではないが、これ迄の封建時代は、所謂国家社会主義のやうなもので、その上に例の支那流の経済家は兼併を禁じ、大地主大金持が出来るとその頭を叩き、或は諸侯が財産を取上げたり、棄損を
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