張るので、あんな高慢な山木様も、家内《うち》では頭が上がらないさうです、――先生、外国人は矢ツ張り目が肥《こ》えて居りますのネ、ゼームスつて彼《あ》の洋琴《オルガン》を寄附した宣教師さんがネ、米国《くに》へ帰る時、前《ぜん》の奥様に呉々《くれぐれ》も仰つしやつたさうですよ、山木様は余り悧巧《りかう》だから、貴女《あなた》が常に気を付けて過失《あやまち》の無い様にせねばならない、基督《キリスト》の御弟子の中で一番悧巧であつたものが、主《しゆ》を三十両で売り渡したイスカリヲテのユダなのだからツてネ、ほんとに先生、さうで御座いますよ、――何の蚊《か》のと角《かど》ばつたことは申しますがネ、もう/\女の言ふなり次第なものです、考へて見ると世の中に、男ほど意気地《いくぢ》の無いものは御座いませんのねエ」
是れは飛んだことをと、言ひ放つて老女は、窃《そつ》と見上げぬ、
「実に御辞《おことば》の通りです」と篠田は首肯《うなづ》き「けれど老女《おば》さん、真実我を支配する婦人の在ることは、男児《をとこ》に取つて無上の歓楽では無いでせうか」
老女は只だ怪訝顔《けげんがほ》、
四
山木剛造は今しも晩餐《ばんさん》を終りしならん、大きなる熊の毛皮にドツかと胡座《あぐら》かきて、仰げる広き額には微醺《びくん》の色を帯びて、カンカンと輝ける洋燈《ランプ》の光に照れり、
茶をすゝむる妻の小皺《こじわ》著《いちじるし》き顔をテカ/\と磨きて、忌《いまは》しき迄|艶装《わかづくり》せる姿をジロリ/\とながめつゝ「ぢやア、お加女《かめ》、つまり何《どう》するツて云ふんだ、梅の望《のぞみ》は」
妻のお加女はチヨイと抜《ぬ》き襟《えり》して「どうするにも、かうするにも、我夫《あなた》、てんで訳が解つたもンぢやありませんやネ、女がなまなか学問なんかすると彼様《あんな》になるものかと愛想が尽きますよ、何卒《どうぞ》芳子にはモウ学問など真平《まつぴら》御免ですよ、チヨツ、親を馬鹿にして」
「何だか少しも解らないなア」
「其りやお解になりますまいよ、どうせ何にも知らない継母《まゝはゝ》の言ふことなどを、お聴き遊ばす御嬢様ぢや無いんですから――我夫《あなた》から直《ぢか》にお指図なさるが可《よ》う御座んすよ、其の為めの男親でさアね」
剛造の太き眉根《まゆね》ビクリ動きしが、温茶《ぬるちや
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