事の破裂するか、予測することが出来ないのです、是《こ》れは日本ばかりではありませぬ、万国に散在する私共の同志者は、皆な同一の境遇に在《あ》るのです――ですから、貴嬢《あなた》に謝罪して頂くと云ふ様な必要は無いと思ひます」
良久《しばらく》して彼女《かれ》は思ひ切《きつ》て口を開《き》きぬ「――貴所《あなた》の御同志が政府の憎悪《にくみ》を受けて居なさいますことは、兼々承知致して居りまするが、貴所《あなた》の御一身にのみ、不意の御災難が降り懸かると云ふのは、其処《そこ》に特別の原因がありまするので――そして其の機会を生み出しましたのは――私の――心の弱いからで御座います」
「――何と、篠田さん、御詫《おわび》致して可《よ》いのか」と、はふり落つる涙を梅子は拭《ぬぐ》ひつ「心乱れて我ながら言葉も御座いません――只だ一言《ひとこと》懺悔させて下ださいませうか」
「喜《よろこん》で御聴《おきゝ》申すで御座いませう」
……………………………………………………………………
「何卒、篠田さん、御赦し下さいまし――貴所《あなた》の、御災難の原因《もと》はと申せば、――私が貴所を御慕ひ申したからで御座います――」梅子は畳に伏せり、歔欷《きよき》の音《ね》、時に微《かすか》に聞ゆ、
梅子は面《おもて》を擡《もた》げぬ「――定めて厚顔《あつがましき》ものと御蔑《おさげす》みも御座いませうが、篠田さん、――私如きものが、貴所《あなた》を御慕ひ申すと言ふことが、貴所の御高徳を毀《きずつ》けることになりまするのは能《よ》く存じて居りまするから、只《た》だ心の底の秘密として、曾《かつ》て一語半句も洩らした覚《おぼえ》のありませぬことは、神様が御承知下ださいます――其れを、結婚の申込を悉《ことごと》く謝絶致します所から、人を疑つて喜ぶ世間は種々《いろ/\》の風評を立てまして――貴所《あなた》の御名誉に関係致しまする様な記事を、数々《しば/\》新聞の上などでも読みまする毎に、何程自分で自分を叱り、陰ながら貴所に御詫《おわび》致したで御座いませう――けれど我が心に尋て見ますれば、他《ひと》の伝説を、全く虚妄《きよばう》とのみ言ひ消すことが出来ませぬので、必竟《ひつきやう》、貴所に此の最後の――縲絏《るゐせつ》の耻辱を御懸《おか》け申すのも、私の弱き心からで御座います」
梅子は袖《そで》を噛《か》
前へ
次へ
全148ページ中142ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング