する、篠田の偽善程恐るべき者は無い、現に其の掩《おほ》ふべからざる明証の一は、彼《か》の芸妓《げいぎ》の花吉を誘拐《いうかい》して内々自分の妾にしたのでも判つて居るぢやないか」
「左様《さう》だ/\、毫《がう》も疑ふ所は無い」と松本は愈々《いよ/\》激昂《げきかう》しつ「現に今度の九州炭山の一件でも知ることが出来る、本来ならば篠田が自身に出掛けて大《おほい》に煽動《せんどう》せにやならないのだ、然るに自分は東京に寝て居て、少しばかり新聞でお茶を濁してるんぢや無いか、僕は最初から彼奴《きやつ》が嫌ひだ、耶蘇《ヤソ》ばかり振り廻はしやがつて――」
浦和は眼を閉ぢて沈黙す、
吾妻は声を打ちひそめて「君、新聞社内では既に篠田の売節を誰一人疑ふものは無いのだ、只《た》だ余り目立たずに彼を放逐しなければ社其物の名誉に関するから、非常に苦心してるのサ、――彼が内々消費する金銭のことを考へるに、尋常のもので無いことは明白だ、多分|露探《ろたん》ぢや無からうかと云ふ社内の輿論《よろん》だがネ、――浦和君、僕の心事は君も知つて居るぢやありませんか、僕が何を好んで我が先輩たり恩人たる彼の不利を図《はか》るもんですか、大抵推察して呉れ給へ――」
「モウ、判つたよ、是れ程の証拠があれば充分だ、吾妻君、若《も》し君が無かつたならば、我党は非常な運命に陥《おちい》る所であつた」と、松本は昂然《かうぜん》として席を離れ「浦和君、時間が余程過ぎた」と急がしつ、ガチリ、錠《ぢやう》を解きて廊下に出でぬ、
浦和は腕《うで》拱《こまぬ》きたるまゝ其後を追へり、
* * *
やゝ待ち倦《あぐ》みたる会員は急霰《きふさん》の如き拍手を以《もつ》て温厚なる浦和議長を迎へたり、議長は徐《おもむ》ろに開会の辞を宣して、今や書記をして今夜の議案を朗読せしめんとする時「議長ツ」と、大声に叫びて幹事松本常吉は起《た》ち上がりつ「本員は議事に入るに先《さきだ》ちて、一個の緊急動議を提起せねばなりませぬ」
彼は梟《ふくろふ》の如き鋭き眼《まなこ》を放つて会衆を一睨《いちげい》せり、満場の視線は期せずして彼の赤黒き面上に集まりぬ、
松本は咳《がい》一咳《いちがい》しつ「我が鍛工《かぢこう》組合の評議員篠田長二君の身上に就《つい》て、一個の動議を提出するんですから、先づ同君に向《むかつ
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