会準備の為めに、今宵《こよひ》しも上野|鶯渓《うぐいすだに》なる鍛工《かじこう》組合事務所の楼上に組合員臨時会開かれんとするなり、寒風|膚《はだ》を裂いて、雪さへチラつく夕暮より集まりたるもの既に三百余名、議長の卓上には書類|堆《うずたか》く積まれて開会の鈴《ベル》を待ちつゝあり、
 此時階下の事務室、扉を鎖《とざ》して鳩首《きうしゆ》密議する三個の人影を見る、目を閉ぢて沈黙する四十五六とも見えて和服せるは議長の浦和|武平《ぶへい》、眉を昂《あ》げて咄々《とつ/\》罵《のゝし》る四十前後と覚《おぼ》しき背広は幹事の松本常吉、二人を対手《あひて》に喋々《てふ/\》喃々《なん/\》する未《ま》だ廿六七なる怜悧《れいり》の相、眉目の間に浮動する青年は同胞新聞の記者の一人|吾妻俊郎《あづまとしらう》なり、
 松本は拳《こぶし》を固めて卓《つくゑ》を打ちつ「実に怪《け》しからん奴だ、其事は僕も予《あらかじ》め行徳君に注意したことがあつたが、行徳君は無雑作《むざふさ》に打ち消して仕舞《しま》つた――八ツ裂きにしても此の怨《うらみ》は霽《は》れない」
「然《し》かし、松本君、余りに意外な報告なので私は何分にも信用出来ませぬで――」と、浦和は瞑目《めいもく》のまゝ思案に沈めり、
「イヤ、浦和さん」と吾妻は乗出で「信用なさらぬのは御道理《ごもつとも》です、斯《か》く云ふ僕が最初は如何《どう》しても出来なかつたですから、――御承知の如く僕は従来《じらい》篠田を殆《ほとん》ど崇拝して居たんでせう、彼の秘書官の如く働くので、社員中に大分不平|嫉妬《しつと》の声が盛《さかん》なのです、けれど一身の毀誉褒貶《きよはうへん》の如《ごと》きは度外に措《お》きて、只《た》だ篠田の為めに一臂《いつぴ》の労を執《と》ることを無上の満足として居たのです――然《しか》るに段々彼の内状を詳《つまびらか》にすると、実に其の裏面に驚くべき卑劣《ひれつ》の野心を包蔵することが聊《いさゝ》か疑《うたがひ》ないので――御両君、僕は実に失望落胆の為め殆《ほとん》ど発狂するばかりに精神を痛めたです――乍併《しかしながら》更に退《しりぞい》て考へると、是《こ》れは徒《いたづ》らに愁歎《しうたん》して居るべき時でない、僕の篠田を崇拝したのは其の主義に在るのだ、彼が主義の仮面を被《かぶ》つて、却《かへつ》て我等同志を売ることを目
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