教へて見たいと云ふことが沢山《たくさん》書いてあるもんですからネ――其れを父に懇願したのです、けれど銀子さん、貴女も御承知の如き私の家庭でせう、父は私が実母《はゝ》の顔さへ知らないのを気の毒に思つて居ます所から、余程私の願ひに傾いて呉れましたけれど……後には父から私に頼む様にして、其れを思ひ止まつて呉れよと言ふのですもの――私は、銀子さん其時《そのとき》始めて世の中に失望と云ふことの存在を実験したのです」
「銀子さん」と梅子は語を継《つ》ぎつ「其頃私は貴女《あなた》の曾《かつ》ての傷心《なげき》に同情しましたの、何時でしたか、貴女は夜中に私の寄宿室《へや》に来《いら》しつて仰《おつ》しやつたことがありませう、――若《も》し如何《どう》しても菅原様へ嫁《ゆ》くことが出来ないならば、私は一旦《いつたん》菅原様へ献げた此の聖《きよ》き生命《いのち》の愛情を、少しも破毀《やぶ》らるゝことなしに抱《いだ》いた儘《まゝ》、深山幽谷へ行つて終《しま》ふ心算《つもり》だつて――」
「あら梅子さん」と銀子は面《かほ》赧《あか》らめつ「貴女も思ひの外《ほか》、人が悪くつてネ――」
「左様《さう》ぢやありませんよ」と、梅子も思はず片頬《かたほ》に笑みつ「只だ私も其時始めて、貴女と同じ様な痛苦を感じたと云ふ迄のことお話するんぢやありませんか――それで銀子さん、私は全然《まるで》砂漠《さばく》の中にでも居る様な寂寞《せきばく》に堪へないでせう、而《さう》すると又た良心は私の甚《はなは》だ薄弱であることを責めるでせう、墓所《はか》へ詣《まゐ》りましても、教会へ参りましても、私の意気地《いくぢ》ないことを叱る様な亡母《はゝ》の声が聞えるぢやありませんか、あゝ寧《いつ》そ死んだならば、斯様《こんな》不愉快な苦境から脱れることが出来ようなどと、幾度《いくたび》思ひ浮んだか知れませんよ――斯《か》う云ふ厭《いや》な月日を送つて、夜も安然に夢さへ結ぶことなしに思ひ悩んで居た時へ私は――銀子さん――何とも知れない一種の感動に打たれましたの――」
言ひ渋《し》ぶる梅子の容子《ようす》に銀子は嫣然《えんぜん》一笑しつ「篠田|様《さん》に御会ひなすつたと仰《おつ》しやるんでせうツ」手を挙げて思ふさま、ビシヤリと梅子の膝《ひざ》を打てり、
梅子は真紅《まつか》になりて俯《うつむ》きぬ、
十七の五
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