いしや》を誘拐《かどわか》して妾にする如き乱暴漢《ならずもの》が、耶蘇《ヤソ》信者などと澄まして居たのだから驚くぢやないか」
 剛造は低頭《うつむ》ける我女《わがこ》の美くしき横顔チラと見やりて、片膝|起《た》てつ「ぢや、梅子、私《わし》は明朝一番※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]車《ぎしや》で九州まで行つて来るから――是れも皆《みん》な篠田の仕業《しわざ》だ、坑夫共を煽動《せんどう》して、賃銭値上の同盟などさせをるのだ、愈々日露開戦になれば石炭が上ると云ふ所を見込んでの悪策《いたづら》だ、――歳暮ではあり、東京《こつち》の用事も手を抜く訳にならぬけれど、今日も長文の電報で、直ぐ来て呉れねば何《どん》なことになるも知れぬと云ふのだから拠《よんどころ》ない――実に梅、悪い奴共の寄合《よりあひ》だ、警視庁へ掛合つて社会党の奴等《やつら》片端から牢へでもブチ込まんぢや安心がならない、――其れで一週間程で帰る積《つもり》だから、其間に松島との縁談、能《よ》く考へて置いて呉れ、私《わし》は決してお前の利益《ため》にならぬ様なこと勧めるのぢやない、――兼てお前は別家させる横《つもり》で、小石川の地所も公債の二万円と云ふものも、既にお前の名義に書き換へて置いたのだが、嫁に行くも婿《むこ》を取るも同じことだ、――今こそ未《ま》だ大佐だが、薩州出身で未来の海軍大臣とまで望《のぞみ》を属《しよく》されて居る松島だから、梅子別段不足もあるまいぢや無いか――モー九時過ぎた、是りや梅子飛んだ勉強の邪魔した」
 剛造はノサ/\と出で行けり、

      *     *     *

 徐《おもむ》ろに眼を開きたる梅子の視線は、いつしか机上に開展されたる赤紙の第三面に落ちて、父が墨もて円く標《しるし》せる雑報の上をたどるめり、
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    ※[#丸中黒、1−3−26]社会党の艶福、花吉の行衛《ゆくゑ》
婀娜《あだ》たる容姿は陽春三月の桜花をして艶を失はしめ、腕の凄《すご》さは厳冬半夜のお月様をして面《おもて》を掩《おほ》はしめたり、新橋両畔の美形雲の如き間に立ちて、独り嬌名《けうめい》を専《もつぱ》らにせる新春野屋の花吉が、此の頃|俄《にはか》に其の影を見せぬは、必定|函根《はこね》の湯気|蒸《む》す所か、大磯《おほいそ》の濤音《なみおと》冴《さ》ゆる辺《あたり
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