は知られたくないと思いますから、逢わないことにしたいと思います。もし生きておりましたならば今申しました母にだけは逢いとうございます。僧都《そうず》様が手紙にお書きになりました人などには断然私はいないことにしてしまいたいと思うのでございます。なんとか上手《じょうず》にお言いくだすって、まちがいだったというようにおっしゃって、お隠しくださいませ」
と浮舟の姫君は言った。
「むずかしいことだと思いますね。僧都さんの性質は僧というものはそんなものであるという以上に公明正大なのですからね、もう何の虚偽もまじらぬお話をお伝えしてしまいなすったでしょうよ。隠そうとしましてもほかからずんずん事実が証明されてゆきますよ。それに御身分が並み並みのお姫様ではいらっしゃらないのだし」
この尼君から聞き、姫君が女王《にょおう》様であったということにだれも興奮していて、
「ひどく気のお強いことになりますから」
皆で言い合わせて浮舟のいる室《へや》との間に几帳《きちょう》を立てて少年を座敷に導いた。この子も姉君は生きているのだと聞かされてきているが、姉弟らしくものを言いかけるのに羞恥《しゅうち》も覚えて、
「もう一つ別なお手紙も持って来ているのですが、僧都のお言葉によってすべてが明らかになっていますのに、どうしてこんなに白々しくお扱いになりますか」
とだけ伏し目になって言った。
「まあ御覧なさい、かわいらしい方ね」
などと尼君は女房に言い、
「お手紙を御覧になる方はここにいらっしゃるとまあ申してよいのですよ。こうしてあつかましく出ていますわれわれはまだ何がどうであったのかも理解できないでおります。だからあなたから私たちに話してください。お小さい方をこうしたお使いにお選びになりましたのにはわけもあることでしょう」
と少年に言った。
「知らない者のようにお扱いになる方の所ではお話のしようもありません。お愛しくださらなくなった私からはもう何も申し上げません。ただこのお手紙は人づてでなく差し上げるようにと仰せつけられて来たのですから、ぜひ手ずからお渡しさせてください」
こう小君が言うと、
「もっともじゃありませんか、そんなに意地をかたく張るものではありませんよ。あなたは優しい方だのに、一方では手のつけられぬ方ですね」
と尼君は言い、いろいろに言葉を変えて勧め、几帳のきわへ押し寄せたのを知らず知らずそのままになってすわっている人の様子が、他人でないことは直感されるために、そこへ手紙を差し入れた。
「お返事を早くいただいて帰りたいと思います」
うといふうを見せられることが恨めしく、少年は急ぐように言う。尼君は大将の手紙を解いて姫君に見せるのであった。昔のままの手跡で、紙のにおいは並みはずれなまでに高い。ほのかにのぞき見をして風流好きな尼君は美しいものと思った。
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尼におなりになったという、なんとも言いようのない、私にとっては罪なお心も、僧都の高潔な心に逢って、私もお許しする気になって、そのことにはもう触れずに、過去のあの時の悲しみがどんなものであったかということだけでも話し合いたいとあせる心はわれながらもあき足らず見えます。まして他人の目にはどんなふうに映るでしょう。
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と書きも終わっていないで次の歌がある。
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法《のり》の師を訪《たづ》ぬる道をしるべにて思はぬ山にふみまどふかな
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この人をお見忘れになったでしょうか。私は行くえを失った方の形見にそば近く置いて慰めにながめている少年です。
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とも書かれてあった。こう詳細に知って書いてある人に存在の紛らしようもない自分ではないか、そうかといってその人にも、願わぬことにもかかわらず変わった姿を見つけられた時の恥ずかしさはどうであろうと浮舟《うきふね》は煩悶して、もともと弱々しい性質のこの人はなすことも知らないふうになっていた。さすがに泣いてひれ伏したままになっているのを、
「あまりに並みをはずれた御様子ね」
と言い、尼君は困っていた。どうお返事を言えばいいのかと責められて、
「今は心がかき乱されています。少し冷静になりましてから返事をいたしましょう。昔のことを思い出しましても少しもお話しするようなことは見いだせません。ですから落ち着きましたらこのお手紙の心のわかることがあるかもしれません。今日はこのまま持ってお帰しください。ひょっといただく人が違っていたりしては片腹痛いではございませんか」
と姫君は言い、手紙は拡《ひろ》げたままで尼君のほうへ押しやった。
「それでは困るではありませんか。あまりに失礼な態度をお見せになるのでは、そばにいる人も申しわけがありません」
多くの言葉でこ
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