あ、私が初瀬《はせ》でお籠《こも》りをしている時に見た夢があったのですよ。どんな人なのでしょう、ともかく見せてください」
 泣きながら尼君は言うのであった。
「すぐその遣戸《やりど》の向こう側に置きましたよ。すぐ御覧なさい」
 兄の言葉を聞いて尼君は急いでそのほうへ行った。だれもそばにいず打ちやられてあった人は若くて美しく、白い綾《あや》の服一重ねを着て、紅の袴《はかま》をはいていた。薫香《くんこう》のにおいがかんばしくついていてかぎりもなく気品が高い。自分の恋い悲しんでいる死んだ娘が帰って来たのであろうと尼君は言い、女房をやって自身の室《へや》へ抱き入れさせた。発見された場所がどんな無気味なものであったかを知らない女たちは、恐ろしいとも思わずそれをしたのである。生きているようでもないが、さすがに目をほのかにあけて見上げた時、
「何かおっしゃいよ。どんなことでこんなふうになっていらっしゃるのですか」
 と尼君は言ってみたが、依然失心状態が続く。湯を持って来させて自身から口へ注ぎ入れなどするが、衰弱は加わっていくばかりと見えた。
「この人を拾うことができて、そしてまた死なせてしまう悲しみを味わわなければならぬだろうか」
 と尼君は言い、
「この人は死にそうですよ。加持をしてください」
 と初瀬へ行った阿闍梨《あじゃり》へ頼んだ。
「だからむだな世話焼きをされるものだと言ったことだった」
 この人はつぶやいたが、憑《つ》きもののために経を読んで祈っていた。僧都もそこへちょっと来て、
「どうかね。何がこうさせたかをよく物怪《もののけ》を懲らして言わせるがよい」
 と言っていたが、女は弱々しく今にも消えていく命のように見えた。
「むずかしいらしい。思いがけぬ死穢《しえ》に触れることになって、われわれはここから出られなくなるだろうし、身分のある人らしく思われるから、死んでもそのまま捨てることはならないだろう。困ったことにかかり合ったものだ」
 弟子たちはこんなことを言っているのである。
「まあ静かにしてください。人にこの人のことは言わないでくださいよ。めんどうが起こるといけませんから」
 と口固めをしておいて、尼君は親の病よりもこの人をどんなにしても生かせたいということで夢中になり、親身の者のようにじっと添っていた。知らない人であったが、容貌《ようぼう》が非常に美しい人であっ
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