「そんなのはあまりにこちらが寂しいと申していやがりまして、辛抱《しんぼう》もできませんで、京へお移りになればすぐにまいりますというような挨拶《あいさつ》をしまして、仕事などだけを引き受けて持って帰ったりしまして、現在ここにいるのはございません」
 答えはこうであった。もとからいた女房も実家へ行っていたりして人数は少ない時だったのである。侍従などはそれまでの姫君の煩悶を知っていて、死んでしまいたいと言って泣き入っていたことを思い、書いておいたものを読んで「なきかげに」という歌も硯《すずり》の下にあったのを見つけては、騒がしい響きを立てる宇治川が姫君を呑《の》んでしまったかと、恐ろしいものとしてそのほうが見られるのであった。ともかくも死んでおしまいになった人が、どこへだれに誘拐《ゆうかい》されて行っているかというように疑われているのは気の毒なことであると右近と話し合い、あの秘密の関係も自発的に招いた過失ではないのであるから、親である人に死後に知られても姫君として多く恥じるところもないのであると言い、ありのままに話して、五里霧中に迷っているような心境をだけでも救いたいと夫人を思い、また故人も
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