思い出している心から、もう一度お目にかかりうる機会などというものはありえないことであるから、こうした時にでもと願うようになり、まいることにした。黒い服ながら引き繕って着た姿はきれいであった。裳《も》は現在では主人のいない家であったから喪の色のも作らなかったため、淡紫《うすむらさき》のを持たせて車に乗った。姫君がおいでになったなら、宮にこうして迎えられておいでになったであろう、自分はその時にお付きして行こうと心にきめていたのであったがと思い出すのは悲しかった。途中をずっと泣きながら侍従は二条の院へまいった。
兵部卿の宮は侍従の来たしらせをお受けになっても身にしむようにお思われになった。夫人へは恥ずかしくてお話しにはならなかったのである。宮は寝殿のほうへおいでになり、そこの廊のほうへ車を着けさせて侍従を下《お》ろさせになった。
浮舟《うきふね》のことをくわしく聞こうとあそばすと、そのずっと前から煩悶《はんもん》をし続けていたこと、その前夜にひどく泣いたことなどを言い、
「怪しいほどお口数の少ない方で、内気でいらっしゃいましたから、遺言らしいことは何もなさいませんでした。夢にも自殺などと
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