源氏物語
蜻蛉
紫式部
與謝野晶子訳
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)浮舟《うきふね》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)皆|呆然《ぼうぜん》として
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ]
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[#地から3字上げ]ひと時は目に見しものをかげろふのあ
[#地から3字上げ]るかなきかを知らぬはかなき(晶子)
宇治の山荘では浮舟《うきふね》の姫君の姿のなくなったことに驚き、いろいろと捜し求めるのに努めたが、何のかいもなかった。小説の中の姫君が人に盗まれた翌朝のようであって、このいたましい騒ぎはくわしく書くことができない。
京からの前日の使いが泊まって帰らなかったため、母夫人は不安がってまた次の使いをよこした。まだ鶏の鳴いているころに出立たせたと言っている使いにどうこの始末を書いて帰したものであろうと、乳母《めのと》をはじめとして女房たちは頭を混乱させていた。何のわけでどうなったかと推理してゆくことができずに、ただ騒いでいる時、浮舟の秘密に関与していた右近《うこん》と侍従だけには最近の姫君の悲しみよう、煩悶《はんもん》のしようの並み並みでなかったことから、川へ身を投げたという想像がつくのであった。泣く泣く夫人の送ってきた手紙をあけて見ると、
[#ここから1字下げ]
あまりにあなたが心配で安眠のできないせいでしょうか、今夜は夢の中であなたを見ることすらよくできないのです。眠ったかと思うと何かに襲われて苦しむのです。そんなことで気分もよろしくなくて困ります。移転される日の近くなったことは知っていますが、それまでの間をこの家へあなたを来させていたく思います。今日は雨になりそうですからだめでしょうが。
[#ここで字下げ終わり]
と書かれてあった。昨夜浮舟の書いた返事もあけて読みながら右近は非常に泣いた。こんな覚悟をしておいでになったので心細いようなことをお言いになったのである、小さい時から少しの隔てもなく親しみ合った主従ではないか、隠し事は塵《ちり》ほどもなかった間柄ではないか、それだのに最後に自分をおうとみになり自殺の気《け》ぶりもお見せにならなかったのは恨めしいと思うと、泣いても泣いても足らず足摺《あしず》りということをしてもだえているのが子供のようであった。悲しんでいたこ
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