たのですが、お亡《かく》れになってはじめてあなたがたにもいろいろと御心配をお掛けしたことが相済まぬ、あなた様はよくお尽くしくださいましたと感謝の念でいっぱいに心がなりました」
 などと言っていた。
「車も宮御自身でお指図《さしず》になってお持たせになったのですから、あき車をまた引かせては帰れません。もう一人の方でも来てくださいませんか」
と内記が言うので、右近は侍従を呼び、
「あなたが伺ってください、私の代わりに」
 と言った。
「あなたでさえもお話を申し上げる自信が持てないのに、私にどうしてそれができましょう。それにしましても忌中の者がお邸《やしき》へまいったりすることは縁起の悪いことではございませんか」
「御病気のためにいろいろなふうに御謹慎をなさらねばならなくなっていらっしゃいますが、そんなこともかまっておいでになれない御様子なのです。また考えてみますと、あれほどお愛しになった方のためには宮様御自身が忌におこもりになってもよろしいわけなのですからね、もう忌の残りが幾日もあるのではないのですから、ぜひお一人だけは来てください」
 内記がこう責めるので、侍従も宮の御様子をおなつかしく思い出している心から、もう一度お目にかかりうる機会などというものはありえないことであるから、こうした時にでもと願うようになり、まいることにした。黒い服ながら引き繕って着た姿はきれいであった。裳《も》は現在では主人のいない家であったから喪の色のも作らなかったため、淡紫《うすむらさき》のを持たせて車に乗った。姫君がおいでになったなら、宮にこうして迎えられておいでになったであろう、自分はその時にお付きして行こうと心にきめていたのであったがと思い出すのは悲しかった。途中をずっと泣きながら侍従は二条の院へまいった。
 兵部卿の宮は侍従の来たしらせをお受けになっても身にしむようにお思われになった。夫人へは恥ずかしくてお話しにはならなかったのである。宮は寝殿のほうへおいでになり、そこの廊のほうへ車を着けさせて侍従を下《お》ろさせになった。
 浮舟《うきふね》のことをくわしく聞こうとあそばすと、そのずっと前から煩悶《はんもん》をし続けていたこと、その前夜にひどく泣いたことなどを言い、
「怪しいほどお口数の少ない方で、内気でいらっしゃいましたから、遺言らしいことは何もなさいませんでした。夢にも自殺などと
前へ 次へ
全40ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング