様子なんですから、失望をおさせいたすようなお返辞はもったいなくて私からできません。それではあなたがそこまで来てくだすって、私も言葉を添えますが、あなたからお断わりを申し上げるようにしてください」
 と言って、誘い出そうとした。それは無理である、ぜひそうしてと言い合っているうちにも夜もずっとふけてきた。
 馬上の宮は少し遠くへ立っておいでになるのであったが、田舎風《いなかふう》な犬が集まって来て吠《ほ》え散らす。恐ろしい気がしてお供の少ない軽いお出歩きであったから、無法者が走って出て来たならどう防いでよいかなどと、四、五人の者は心配していた。
「どうしても来てくださることですよ。早く、早く」
 とせきたてて時方は侍従をつれて来るのであった。髪を右の脇《わき》から前へ曲げて持っている侍従は美しい女房であった。馬に乗せようとするが承知しないために、衣服の裾《すそ》を時方は持ってやりながら歩かせて行くのである。自身の沓《くつ》を侍従にはかせて、内記は供男の草鞋《わらじ》ようのものを借りてつけた。
 宮のおそばへまいって山荘の事情をお話し申し上げ、侍従を伴って来たことをお知らせしたが、お話しになる場所というようなものもなくて、田舎家の垣根《かきね》の雑草の中にあふり[#「あふり」に傍点]というものを敷いて、そこへ宮をおおろしした。宮もこんな所で災厄《さいやく》にあって終わる運命で自分はあるのかもしれぬとお思われになり非常にお泣きになった。心の弱い者はましてきわめて悲しいことであるとお見上げしていた。どんな仇敵《きゅうてき》でも、鬼であっても、そこなえまいと見える美貌《びぼう》をお持ちになるはずである。しばらく躊躇《ちゅうちょ》をあそばしてから、
「ちょっとひと言だけ話をすることもできないのだろうか。どうして今になってそんなに厳重に見張るのだろう。そばの者がどんなことを言ってあの方の自由意志を曲げさせたのか」
 と侍従へ仰せられた。山荘内のことをくわしく申し上げて、
「またおいでの思召しのございます前からおっしゃってくださいまして、私どもにできますことをさせてくださいませ。こんなもったいない御様子を拝見いたします以上、私は自分を喜んで犠牲にもいたしまして、よろしい計らいをいたします」
 と侍従は申した。御自身も人目をはばかっておいでになるのであるから、恋人をだけお恨みになることもおできにならなかった。
 夜はふけにふけてゆく。初めから吠えかかった犬はそれなりも声も休めずに騒がしく啼《な》く。従者がそれを追いかけようとすると、山荘のほうでは弓の弦《つる》を鳴らし、荒武者の声で「火の用心」などと呼ぶ。落ち着かぬお心から帰ろうとあそばしながらも、宮のお心は非常に悲しかった。

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「いづくにか身をば捨てんとしら雲のかからぬ山もなく泣くぞ行く
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 ではもう別れて行こう」
 とお言いになり、侍従をお帰しになった。宮の御様子は艶《えん》で、夜中の霧に湿ったお召し物から立つ香はたとえようもなく感じのいいものであった。
 侍従は泣く泣く帰って来た。右近が宮のおいでをお断わり申し上げたことを言ってから浮舟はいよいよ煩悶を深くして寝ていたが、侍従のはいって来て、外での様子を話すのに対して返辞はしないながら枕《まくら》も浮き上がらんばかりの涙の出るのを、この人がどう思うかとまた恥じられもした。
 翌朝も泣きはらした目を思うと浮舟は起きるのがつらくていつまでも寝ていた。
 起きてからははかなそうな姿で、しかも仏へ敬意を表する型として帯の端を肩から後ろ向きに掛けなどしながら浮舟の姫君は経を読んでいた。親よりも先に死ぬ罪が許されたいためである。宮のお描《か》きになった絵を出してながめているうちに、その時の手つき、美しかったお顔などがまだ近い所にあるように見えてくる。そんなにも心から離れない方であるから、最後にひと言のお話もできなかった昨夜のことは悲しくてならないはずである。初めから同じように永久愛して変わるまいと言っていた大将も、自分が死んだあとではどんなに歎くことであろうと思い、その人への恋を忘れて心の変わったために死んだと自殺後に言う人もあろうことの想像されるのも恥ずかしかったが、軽薄な女と思われ、宮のほうへ奔《はし》ったと大将に思われるよりはまだそのほうがいいと思い続けて、

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歎きわび身をば捨つとも亡《な》きかげに浮き名流さんことをこそ思へ
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 と詠《よ》まれもした。母も恋しかった。平生は思い出すこともない異父の弟妹の醜い顔をした人たちも恋しかった。二条の院の女王《にょうおう》を思い出してみても、恋しい。またそのほかにももう一度だけ逢いたいと思われるのが多い。女房た
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