な恋におぼれて御|煩悶《はんもん》から名のない病気におかかりになっているのであろう、昔のことを思い出しても、あの山荘へお通いになることの可能でない間は見てもいられぬほどお気の毒に思いやつれておいでになったものであると薫は思い、またいろいろと思い合わせてみると、女が非常に物思いをしていたこともこの理由があってのことであったと、一つが明らかになると次々にうなずかれていくことも多くて女がうとましく思われた。完全な人というものは少ないものである、可憐《かれん》でおおように見えながら媚態《びたい》の備わったのが彼女である、宮のお相手には全く似合わしいものであるから、すべて今からお譲りしてしまいたい気も薫はしたが、正妻として結婚した女にそうした過失をされたというのでなく、今後も愛人としての彼女を失ってしまっては恋しくなるであろうと、未練らしく思われないこともなかった。自分が捨ててしまえば必ず宮はどこかへ呼び寄せてお置きになるであろう、女がどんな不名誉なことになろうとも思いやりはおできになるまい、今までからそんな人を二、三人も女一《にょいち》の宮《みや》の女房に推挙されたことがある、そうした境遇になった時、自分は見るに忍びないつらさを味わうであろうと思い、捨てる気は起こらないで、どうするつもりかも見たく思い、家へ帰った。薫は手紙を宇治へ書いた。
 大将は例の随身を使いに選び、自身で人のない時にそば近くへ呼んだ。
「時方朝臣は今でも仲信《なかのぶ》の家に通っているか」
「そうでございます」
「宇治へいつもその使いをやるのだね。零落をしていた女だから時方も恋をしていたことがあるかもしれないね」
 と歎息をして見せ、
「人に見られないようにして行け、見られれば恥ずかしいよ」
 と言った。時方が始終大将のことをいろいろと訊《き》きたがり、山荘の中のことを聞いていたのは、自身のためでなく他の方のためにしていたことであったに違いないし、大将もまたそれを隠そうとしているのであると、物なれた思いやりをして何とも問わず、薫も低い人間にくわしいことは知らせたくないと思っているのであった。
 山荘では大将家からの使いが平生よりもたびたび来ることでも不安が覚えられる浮舟の君であった。手紙はただ、

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浪《なみ》こゆる頃《ころ》とも知らず末の松まつらんとのみ思ひけるかな

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人にこの歌をお話しになって笑ってはいけませんよ。
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 と書かれてあるだけであったが、いぶかしいと思った瞬間から姫君の胸はふさがってしまった。相手の言おうとしていることを知っているような返事を書くことも恥ずかしく、誤聞であろうと言いわけをするのもやましく思われて、手紙をもとのように巻き、
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どこかほかへのお手紙かと存じます、身体《からだ》を悪くしていまして、今日は何も申し上げられません。
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と書き添えて返した。
 薫《かおる》はそれを見て、さすがに才気の見えることをする、あの人にこんなことができるとは思わなかったと思い、微笑をしているのは、どこまでも憎いというような気にはなっていないからであろう。
 正面からではないが薫がほのめかして来たことで浮舟《うきふね》の煩悶はまたふえた。とうとう自分は恥さらしな女になってしまうのであろうといっそう悲しがっているところへ右近が来て、
「殿様のお手紙をなぜお返しになったのでございますか。縁起の悪いことでございますのに」
 と言った。
「私に理由《わけ》のわからないことが書かれていたから、持って行く先をまちがえたのでしょうって書いて」
 浮舟から聞くまでもなく、不思議に思ってすでに手紙は使いへ渡す前に右近が読んであったのである。意地悪な右近ではないか。見たとは姫君へ言わずに、
「あなた様はほんとうにお気の毒でございます。お苦しいのはお三人ともですけれどね。殿様は秘密をお悟りになったらしゅうございますね」
 と言われて、浮舟の顔はさっと赤くなり、ものを言うこともしなかった。手紙を見たとは思わずに、来た使いなどから薫の様子が伝えられたのであろうと思っても、だれがそう言っているかとも問えなかった。右近と侍従がどう想像しているであろう、恥ずかしいことである、自発的に惹《ひ》き起こした恋愛問題ではないが、情けない運命であると、横たわったまま思い沈んでいると、侍従と二人で右近は忠告を試みようとした。
「私の姉は常陸《ひたち》で二人の情人を持ったのでございます。どの階級にもそうした関係はあるものでございましてね、どちらからも深く思われていたのでございますから、どうすればよいかと迷っていながらも、姉はあとのほうの男を少しよけいに愛していたのですね、それを嫉妬《しっと
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