ではろくなことはできそうにございません」
 などと得意そうに語る。母もうれしそうであった。浮舟の姫君は逃亡というような意外なことを自分が起こして問題になれば、この人たちはどんなにかなしむことであろう。一方の宮はまたどんな深い山へはいろうとも必ずお捜し出しになり、しまいには自分もあの方も社会的に葬られる結果になるであろう、自分の手へ来て隠れるようにとは今朝《けさ》も手紙に書いておよこしになったのであるが、どうすればよいのであろうと思い、気分までも悪くなり横になっていた。
「どうしてそんなに平生と違って顔色が悪く、痩《や》せておしまいになったのだろう」
 と母は浮舟を見て驚いていた。
「このごろずっとそんなふうでいらっしゃいまして、物は召し上がりませんし、お苦しそうにばかりしていらっしゃるのでございます」
 乳母はこう告げた。
「怪しいことね。物怪《もののけ》か何かが憑《つ》いたのだろうか。あるいはと思うこともあるけれど、石山|詣《まい》りの時は穢《けが》れで延びたのだし」
 と言われている時片腹痛さで伏し目になっている姫君だった。
 夜になって月が明るく出た。川の上の有明《ありあけ》月夜のことがまた思い出されて、とめどなく涙の流れるのもけしからぬ自分の心であると浮舟は思った。
 母は昔の話などをしていて弁の尼も呼びにやった。尼は総角《あげまき》の姫君のことを話し出し、
「考え深い方でいらっしゃいまして、御兄弟のことをあまりに御心配なさいまして、みすみす病気を重くしておしまいになりお亡《かく》れになったんですよ」
 と歎いていた。
「生きておいでになりましたら、宮の奥様の所と同じにおつきあいをあそばすことができまして、ただ今まで御苦労の多うございましたのを、お取り返しになれますほどおしあわせにおなりあそばされたのでしょうに」
 尼のこの言葉を常陸夫人は喜ばなかった。自分の娘も八の宮の王女である、これから願っていたような幸福の道を進んで行ったならば二人の女王に劣る人とは見えぬはずであるなどという空想をして、
「ずっとこの方では苦労をし続けてきたのですが、少しそれがゆるんで大将さんのところへ迎えられて行くことになりましたら、ここへ私の出てまいるようなこともあまりできますまい。まあ今のうちに昔のお話をゆるりとしておくことだと思うのですがね」
 などと言っていた。
「私などは縁
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