く、こうした音楽などは自分の手で教えて行きたいと薫は思い、
「こんなものを少しやってみたことがありますか。吾《わ》が妻《つま》という琴などは弾いたでしょう」
 などと問うてみた。
「そうしたやまと言葉も使い馴《な》れないのですもの、まして音楽などは」
 姫君はこう答えた。機智《きち》もありそうには見えた。この山荘に置いて、思いのままに来て逢うことのできないのを今すでに薫は苦痛と覚えるのは深く愛を感じているからなのであろう。楽器は向こうへ押しやって、「楚王台上夜琴声《そわうだいじやうのよるのきんせい》」と薫が歌い出したのを、姫君の上に描いていた美しい夢が現実のことになったように侍従は聞いて思っていた。その詩は前の句に「斑女閨中秋扇色《はんによけいちゆうしうせんのいろ》」という女の悲しい故事の言われてあることも知らない無学さからであったのであろう。悪いものを口にしたと薫はあとで思った。
 尼君のほうから菓子などが運ばれてきた。箱の蓋《ふた》へ楓《かえで》や蔦《つた》の紅葉《もみじ》を敷いてみやびやかに菓子の盛られてある下の紙に、書いてある字が明るい月光で目についたのを、よく読もうと顔を寄せ
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