ざいませんよ。本家の奥様へ、こうこうでございますとそっと申し上げてみましょう。近いのですから」
と言った。
「そんなふうに騒ぐことではありませんよ。若い方どうしがお話をなさるだけのことで、そんなにものが進むことですか。怪しいほどにもおあせりにならない落ち着いた方ですもの、人の同意のないままで恋を成立させようとは決してなさいますまい」
こう言ってとめたのは弁の尼であった。雨脚《あめあし》がややはげしくなり、空は暗くばかりなっていく。宿直《とのい》の侍が怪しい語音《ごいん》で家の外を見まわりに歩き、
「建物の東南のくずれている所があぶない、お客の車を中へ入れてしまうものなら入れさせて門をしめてしまってくれ、こうした人の供の人間に油断ができないのだよ」
などと言い合っている声の聞こえてくるようなことも薫にとって気味の悪いはじめての経験であった。「さののわたりに家もあらなくに」(わりなくも降りくる雨か三輪が崎《さき》)などと口ずさみながら、田舎《いなか》めいた縁の端にいるのであった。
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さしとむるむぐらやしげき東屋《あづまや》のあまりほどふる雨そそぎかな
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