から女房の右近という大輔《たゆう》の娘が来て、一室一室格子を下ろしながらこちらへ近づいて来る。
「まあ暗い、まだお灯《あかり》も差し上げなかったのでございますね。まだお暑苦しいのに早くお格子を下ろしてしまって暗闇《くらやみ》に迷うではありませんかね」
こう言ってまた下ろした格子を上げている音を、宮は困ったように聞いておいでになった。乳母もまたその人への体裁の悪さを思っていたが、上手に取り繕うこともできず、しかも気がさ者の、そして無智《むち》な女であったから、
「ちょっと申し上げます。ここに奇怪なことをなさる方がございますの、困ってしまいまして、私はここから動けないのでございますよ」
と声をかけた。何事であろうと思って、暗い室へ手探りではいると、袿姿《うちぎすがた》の男がよい香をたてて姫君の横で寝ていた。右近はすぐに例のお癖を宮がお出しになったのであろうとさとった。姫君が意志でもなく男の力におさえられておいでになるのであろうと想像されるために、
「ほんとうに、これは見苦しいことでございます。右近などは御忠告の申し上げようもございませんから、すぐあちらへまいりまして奥様にそっとお話をいたしましょう」
と言って、立って行くのを姫君も乳母もつらく思ったが、宮は平然としておいでになって、驚くべく艶美な人である、いったい誰なのであろうか、右近の言葉づかいによっても普通の女房ではなさそうであると、心得がたくお思いになって、何ものであるかを名のろうとしない人を恨めしがっていろいろと言っておいでになった。うとましいというふうも見せないのであるが、非常に困っていて死ぬほどにも思っている様子が哀れで、情味をこめた言葉で慰めておいでになった。
右近は北の座敷の始末を夫人に告げ、
「お気の毒でございます。どんなに苦しく思っていらっしゃるでしょう」
と言うと、
「いつものいやな一面を出してお見せになるのだね。あの人のお母さんも軽佻《けいちょう》なことをなさる方だと思うようになるだろうね。安心していらっしゃいと何度も私は言っておいたのに」
こう中の君は言って、姫君を憐《あわ》れむのであったが、どう言って制しにやっていいかわからず、女房たちも少し若くて美しい者は皆情人にしておしまいになるような悪癖がおありになる方なのに、またどうしてあの人のいることが宮に知られることになったのであろうと、あさましさにそれきりものも言われない。
「今日は高官の方がたくさん伺候なすった日で、こんな時にはお遊びに時間をお忘れになって、こちらへおいでになるのがお遅《おそ》くなるのですものね、いつも皆奥様なども寝《やす》んでおしまいになっていますわね。それにしてもどうすればいいことでしょう。あの乳母《ばあや》が気のききませんことね。私はじっとおそばに見ていて、宮様をお引っ張りして来たいようにも思いましたよ」
などと右近が少将という女房といっしょに姫君へ同情をしている時、御所から人が来て、中宮が今日の夕方からお胸を苦しがっておいであそばしたのが、ただ今急に御容体が重くなった御様子であると、宮へお取り次ぎを頼んだ。
「あやにくな時の御病気ですこと、お気の毒でも申し上げてきましょう」
と立って行く右近に、少将は、
「もうだめなことを、憎まれ者になって宮様をお威《おど》しするのはおよしなさい」
と言った。
「まだそんなことはありませんよ」
このささやき合いを夫人は聞いていて、なんたるお悪癖であろう、少し賢い人は自分をまであさましく思ってしまうであろうと歎息をしていた。
右近は西北の座敷へ行き、使いの言葉以上に誇張して中宮の御病気をあわただしげに宮へ申し上げたが、動じない御様子で宮はお言いになった。
「だれが来たのか、例のとおりにたいそうに言っておどすのだね」
「中宮のお侍の平《たいら》の重常《しげつね》と名のりましてございます」
右近はこう申した。別れて行くことを非常に残念に思召されて、宮は人がどう思ってもいいという気になっておいでになるのであるが、右近が出て行って、西の庭先へお使いを呼び、詳しく聞こうとした時に、最初に取り次いだ人もそこへ来て言葉を助けた。
「中務《なかつかさ》の宮もおいでになりました。中宮大夫もただ今まいられます。お車の引き出されます所を見てまいりました」
そうしたように発作的にお悪くおなりになることがおりおりあるものであるから、嘘《うそ》ではないらしいと思召すようになった宮は、夫人の手前もきまり悪くおなりになり、女へまたの機会を待つことをこまごまとお言い残しになってお立ち去りになった。
姫君は恐ろしい夢のさめたような気になり、汗びったりになっていた。乳母は横へ来て扇であおいだりしながら、
「こういう御殿というものは人がざわざわとしていまして、少
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