いないことを思うと、これからは姫君の良人を謙遜《けんそん》して選ぶ必要はない、自重心を持たなければならぬと一晩じゅういろいろな空想を常陸夫人はし続けた。
朝おそくなってから宮はお起きになり、病身になっておいでになる中宮《ちゅうぐう》がまた少しお悪いとお聞きになって御所へまいろうとされ、衣服を改めなどしておいでになった。心が惹《ひ》かれてまた常陸夫人がのぞくと、正しく装束をされたお姿はまた似るものもないほど気高くお美しい宮は、若君へお心が残るようにいろいろとあやしておいでになる。粥《かゆ》、強飯《こわいい》などを召し上がり、この西の対からお車に召されるのであった。今朝《けさ》からまいっていて控え所のほうにいた人々はこの時になってお縁側へ出て来て何かと御|挨拶《あいさつ》を申し上げたりしている中に、気どったふうを見せながら平凡でおもしろみのない顔をし、直衣《のうし》に太刀《たち》を佩《は》いているのがあった。宮のおいでになる前では目にもとまらぬ男であったが、
「あれがあの常陸守の婿の少将じゃありませんか。初めはあの姫君の婿にと定められていたのに、守《かみ》の娘をもらってかばってもらおうという腹で、女にもでき上がっていない子供を細君にしたのですよ。そんなことをこちらなどで噂《うわさ》する者はありませんがね、守の邸《やしき》に知った人があって私はその事情を知っているのですよ」
とほかの一人にささやいている女房があった。常陸の妻が聞いているとは知らずにこんなことの言われているのにもその人ははっとして、少将を相当な風采《ふうさい》をした男と認めた以前の自身すらも、残念に腹だたしく、あの男と結婚をさせれば姫君の一生は平凡なものになってしまうのであったと思い、あれ以来軽蔑はしているのであったが、いっそうその感を深くする常陸の妻であった。若君が這《は》い出して御簾《みす》の端からのぞいているのに宮はお気づきになって、またもどっておいでになった。
「中宮様の御気分がよろしいようだったら早く退出して来よう。まだお苦しいふうな御容体だったら今夜は宿直《とのい》しよう。この人がいては一晩でもほかにいる間は気がかりで苦しくてならない」
こう女房へお言いになりながらしばらく若君をお慰めになってから出てお行きになる宮の御様子は見ても見ても飽くことのないほどお美しかったのが、行っておしまいになったあとに物足りなさと寂しさを常陸夫人は感じた。
昔の中将が言葉を尽くして宮の御容姿をほめたたえているのを聞いていて、夫人はこの人も田舎《いなか》びたものであると思って笑っていた。
「奥様にお別れになりましたのはお生まれになったばかしでございましたから、どうおなりあそばすことかとわれわれも不安でなりませんでしたし、宮様も御心配あそばしたものでございますが、あなた様は御幸運を持ってお生まれになったものですから、宇治のような山ふところでごりっぱにお育ちになったのでございます。ほんとうに残念でございます。大姫君のお亡《かく》れになりましたことはあきらめきれません」
などと泣きながら常陸の妻は言う。中の君も泣いていた。
「人生が恨めしくばかり思われて心細い時にも、また生きていれば少し慰みになる時もあって、そんなおりおりに、生まれた時にお別れしたお母様のことは、そうした運命だったのだからと、お顔を知らないのだからあきらめはつくのだけれど、お姉様のことはいつも生きていてくだすったらと思われて悲しいのですよ。大将さんが今でもまだどんなことにも心の慰められることがないとお悲しみになるほどの、深い愛をお姉様に持っておいでになったことがわかると、いっそうお死にになったのが残念でね」
と中の君は言った。
「大将様はあんなに、例《ためし》もないほど婿君として帝《みかど》がお大事にあそばすために、御|驕慢《きょうまん》になってそんなふうなこともお言いになるのではありますまいか。大姫君が生きておいでになっても、そのために宮様との御結婚をお断わりあそばすとも思われませんもの」
「まあお姉様だって、だれもが逢《あ》っているような悲しい目は見ていらっしゃるだろうからね。かえって先にお死にになってよかったかもしれない。すべてを見てしまわないためによい想像ばかりをしておられるようなものだと思うけれどね。でもね大将はどういう宿縁があるのか怪しいほど昔の恋を忘れずにおいでになってね、お父様の後世《ごせ》のことまでもよく心配してくだすって仏事などもよく親切に御自身の手でしてくださるのですよ」
と中の君は、感謝している心を別段誇張もせずに常陸夫人へ語って聞かせた。
「お亡《かく》れになった姫君の代わりにほしいと、物の数でもございません方のことさえも宇治の弁の尼からお言わせになりましてございます。私はそん
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