えるほうがいいのであろうかなどと、結局そのほうへ心が傾いたというのも、仲人が守へ言ったと同じようなよいことずくめの話に、まして女の人はやすやすと欺《あざむ》かれたからであるかもしれぬ。もう明日《あす》か明後日《あさって》になったかと思うと、心が落ち着かず忙がしく、どこにもひとところにじっとしておられず夫人がいらいらとしている所へ、外から守がはいって来て、長々と雄弁に次のようなことを言った。
「私を除《の》け者にしておいて、私の大事な娘の求婚者を自分の子のほうへ取ろうとあなたはしたのか、ばかばかしく幼稚な話だ。あなたのりっぱな娘さんを入り用だと思う公達《きんだち》はなさそうだね。卑賤な私|風情《ふぜい》の女の子をぜひ妻にと言ってくださるので、うまく計画をしたつもりだろうが、それは初めの精神と違うと言ってほかの縁談を定《き》めようとされていたから、それなら思召しどおりこちらの子のほうにと言って私は定めてしまった」
 何の思いやりもなく守はこの奇怪な報告を得意になって妻へした。夫人はあきれてものも言われない。そんなことであったかと思うと、人生の情けなさが一時に胸へせき上がってきて涙が落ちそうにまでなったから、静かに立って歩み去った。姫君の所へ行ってみると、可憐《かれん》な美しい姿でその人はすわっていた。夫人はなんとなく安心を覚えた。どんな運命がここに現われてきても、この人がだれよりも不遇で置かれるはずはないと思われるのである。姫君の乳母《めのと》を相手に夫人は、
「いやなものは人の心だね。私は同じようにだれも娘と思って世話をしているものの、この方と縁を結ぶ人には命までも譲りたい気でいるのだのに、父親がないと聞いて、軽蔑《けいべつ》をして、まだ年のゆかない、でき上がっていない子などを、この方をさしおいて娶《めと》るというようなことができるものなんだねえ。そんな人をまた婿にすることなどは絶対にもう私はいやだけれど、守が名誉に思って大騒ぎしているのを見ると、それがちょうど似合いの婿《むこ》舅《しゅうと》だと思われるよ。私はいっさい口を入れないつもりよ。私はこの家でない所へ当分行っていたい」
 こう歎きながら言うのであった。乳母も腹がたってならない。姫君が軽蔑されたと思うからである。
「いいのですよ奥様。これも結局お姫様の御運が強かったから、あの人と結婚をなさらないで済むことになったのですよ。そんな人にはこの方の価値《ねうち》はわかりますまい。お姫様はものの理解の正しい同情心の厚い方にお嫁《とつ》がせいたしとうございます。源右大将様の御|風采《ふうさい》をほのかにしか拝見いたしませんでしたが、まるで命も延びそうな気がいたしましたよ。親切なお申し込みもあるのですから、御運に任せてあの方を婿君になさいましよ」
「まあ恐ろしい。人の話に聞くと、長い間すぐれた女性とでなければ結婚をしないとお言いになって、左大臣、按察使《あぜち》大納言、式部卿《しきぶきょう》の宮様などから婿君にといって懇望されていらっしゃったのを無視しておいでになったあとで帝の御秘蔵の宮様を奥様におもらいになった方だもの、どんなにすぐれたように見える人だってほんとうに愛してくださるものかね。あのお母様の尼宮の女房にして時々は愛してやろうとは思ってくださるだろうがね。それはごりっぱな所だけれど、そんな関係に置かれているのは苦しいものだからね。二条の院の奥様を幸福な方だと人は申しているけれど、やはり物思いのやむ間もないふうでおありになるのを見ると、どんな人でもいいから唯一の妻として愛してくださる良人《おっと》よりほかは頼もしいもののないことは私自身の経験でも知っている。お亡《な》くなりになった八の宮様は情味のある方らしく見えて、美男で艶《えん》なお姿はしていらしったけれど、私を軽いものとしてお扱いになったのが、どんなに情けなく恨めしかったことだったろう。守は言語道断な情味の欠けた醜い人だけれど、私を一人の妻としてほかにはだれも愛していないことで、私は絶対な安心が得られて今日まで来ましたよ。何かの時に今度のような、ぶしつけな、愛想《あいそう》のないことをするのはしかたがないがね、物思いをさせられたり、嫉妬《しっと》を覚えさせられたりすることもなく、よく双方で口喧嘩《くちげんか》はしても、しかたのないと思うことは、またよくあきらめてしまうのが私ら夫婦なのだ。高級のお役人、親王様と言われて、優美に、高雅な生活をしていらっしゃる方を対象としていても、こちらに資格がなくてはつまらないものよ。すべてのことは自身の世間的価値によって定《き》まることなのだと思うと、この方がどこまでもかわいそうに思われるがね、どうかして人笑いにならない幸福な結婚をさせたいと思う」
 二人は姫君の将来のことをいろいろと相
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