ている。こんな時間になっても驚かずしめやかなふうで柱によりかかって、去ろうと薫のしないのに中の君はやや当惑を感じていた。「恋しさの限りだにある世なりせば」(つらきをしひて歎かざらまし)などと低い声で薫は口ずさんでから、
「私はもうしかたもない悲しみの囚《とりこ》になってしまったのです。どこか閑居をする所がほしいのですが、宇治辺に寺というほどのものでなくとも一つの堂を作って、昔の方の人型《ひとがた》(祓《はらい》をして人に代わって川へ流すもの)か肖像を絵に描《か》かせたのかを置いて、そこで仏勤めをしようという気に近ごろなりました」
 と言った。
「身にしむお話でございますけれど、人型とお言いになりますので『みたらし川にせし禊《みそぎ》』(恋せじと)というようなことが起こるのではないかという不安も覚えられます。代わりのものは真のものでございませんからよろしくございませんから昔の人に気の毒でございますね。黄金《こがね》を与えなければよくは描《か》いてくれませんような絵師があるかもしれぬと思われます」
 こう中の君は言う。
「そうですよ。その絵師というものは決して気に入った肖像を作ってくれない
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