に愛していくことができているという実例もあるではありませんか。ましてあなたはお上の思召しどおりの地位ができれば、幾人でも侍していていいわけなのだから」
と、平生にまして長々御教訓をあそばすのを承って、兵部卿の宮御自身も無関心では決しておいでにならない女性のことであったから、それをしいてお拒《こば》みになる理由もないのである。ただ権家《けんか》に婿君としてたいそうな扱いを受けることは、自由を失うことであろうと、その点がいやなようにお思われになるのであるが、母宮のお言葉どおりにこの大臣の反感を多く買っておくことは得策でないと、今になっては抵抗力も少なくおなりになった。多情な御性質であるから、あの按察使《あぜち》大納言の家の紅梅の姫君をもまだ断念してはおいでにならず、なお花|紅葉《もみじ》につけ好奇心の対象としてそこへも御消息はよこしておいでになるのである。
その年は事なしに終わった。女二の宮の喪期も終わったのであるから、帝はもうおはばかりあそばすことはなくなった。
「御懇望にさえなればすぐにお許しになりたい思召しとうかがわれます」
こんなふうに薫へ告げに来る人々もあるためあまりに知らず顔に冷淡なのも無礼なことであると、しいて心を引き立てて、女二の宮付きの人を通して、求婚者としての手紙をおりおり送ることもするようになったが、取り合わぬ態度などはもとよりお示しになるはずもない。帝は何月ごろと結婚の期を思召すというようなことも人から聞き、自身でも御許容あそばすことはうかがわれるのであったが、心の中では今も死んだ宇治の人ばかりが恋しく思われて、この悲しみを忘れ尽くせる日があろうとは思われぬために、こうまで心のつながれる因縁のあったあの人と、ついに夫婦とはならずに終わったのはどうしたことなのであろうとそれを怪しがっていた。身分がどれほど低くとも、あの人に少しでも似たところのある人であれば自分は妻として愛するであろう、反魂香《はんごんこう》の煙が描いたという影像だけでも見る方法はないかとこんなことばかりが薫には思われて、女二《にょに》の宮《みや》との結婚の成立を待つ心もないのである。
左大臣のほうでは六の君の結婚の用意にかかって、八月ごろにと宮へその期を申し上げた。これを二条の院の中の君も聞いた。やはりそうであった、自分などという何のよい背景も持たない女には必ず幸福の破綻《はたん》があるであろうと思いつつ、今日まで来たのである。多情な御性質とはかねて聞いていて、頼みにならぬ方とは思いながらも、いっしょにいては恨めしく思うようなことも宮はしてお見せにならず、深い愛の変わる世もないような約束ばかりをあそばした。それがにわかに権家の娘の良人《おっと》になっておしまいになったなら、どうして静めえられる自分の心であろう、並み並みの身分の男のように、まったく自分から離れておしまいになることはあるまいが、どんなに悩ましい思いを多くせねばならぬことであろう、自分はどうしても薄命な生まれなのであるから、しまいにはまた宇治の山里へ帰ることになるのであろうと考えられるにつけても、出て来たままになるよりも再び帰ることは宇治の里人にも譏《そし》らわしいことであるに違いない、返す返すも父宮の御遺言にそむいて結婚をし、山荘を出て来た自分の誤りが恥ずかしい、しかさせた運命が恨めしいと中の君は思うのであった。姉君はおおようで、柔らかいふうなところばかりが外に見えたが、精神は確《しか》としておいでになった。中納言が今も忘れがたいように姉君の死を悲しみ続けているが、もし生きていたらば、今の自分のような物思いをすることがあったかもしれぬ、そうした未来をよく察して、あの人の妻になろうとされなかった、いろいろに身をかわすようにして中納言の恋からのがれ続けていて、しまいには尼になろうとしたではないか、命が助かっても必ず仏弟子《ぶつでし》になっていたに違いない、今思ってみればきわめて深い思慮のある方であった、父宮も姉君も自分をこの上もない、軽率な女であるとあの世から見ておいでになるであろうと、恥ずかしく悲しく思うのであったが、何も言うまい、言っても効《かい》のないことを言って嫉妬《しっと》がましい心を見られる必要もないと中の君は思い返して、宮の新しい御縁組みのことは耳にはいってこぬふうで過ごしていた。
宮はこの話のきまってからは、平生よりもまた多く愛情をお示しになり、なつかしいふうに将来のことをどの日もどの日もお話しになり、この世だけでない永久の夫婦の愛をお約しになるのであった。中の君はこの五月ごろから普通でない身体《からだ》の悩ましさを覚えていた。非常に苦しがるようなことはないが、食欲が減退して、毎日横にばかりなっていた。妊婦というものを近く見る御経験のなかった宮は、ただ暑いこ
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