中納言以外に適当な婿はないということへ帝のお考えは帰着した。内親王の良人《おっと》としてどの点でも似合わしくないところはない、愛人を他に持っていたとしても、妻になった宮を辱《はずか》しめるようなことはしないはずの男である、しかしながら早くしないでは正妻というものをいつまでも持たずにいるわけはないのであるから、その前に自分の意向をかれにほのめかしておきたいとこんなことを帝は時々思召した。
 ある日帝は碁を打っておいでになった。暮れがたになり時雨《しぐれ》の走るのも趣があって、菊へ夕明りのさした色も美しいのを御覧になって、蔵人《くろうど》を召して、
「今殿上の室にはだれとだれがいるか」
 と、お尋ねになった。
「中務卿親王《なかつかさきょうしんのう》、上野《こうずけ》の親王《しんのう》、中納言《ちゅうなごん》源《みなもと》の朝臣《あそん》がおられます」
「中納言の朝臣をこちらへ」
 と、仰せがあって薫《かおる》がまいった。実際源中納言はこうした特別な御|愛寵《あいちょう》によって召される人らしく、遠くからもにおう芳香をはじめとして、高い価値のある風采《ふうさい》を持っていた。
「今日の時雨《しぐれ》は平生よりも明るくて、感じのよい日に思われるのだが、音楽は聞こうという気はしないし、つまらぬことにせよつれづれを慰めるのにはまずこれがいいと思うから」
 と帝はお言いになって、碁盤をそばへお取り寄せになり、薫へ相手をお命じになった。いつもこんなふうに親しくおそばへお呼びになる習慣から、格別何でもなく薫が思っていると、
「よい賭物《かけもの》があっていいはずなんだがね、少しの負けぐらいでそれは渡せない。何だと思う、それを」
 という仰せがあった。お心持ちを悟ったのか薫は平生よりも緊張したふうになっていた。碁の勝負で三番のうち二番を帝はお負けになった。
「くやしいことだ。まあ今日はこの庭の菊一枝を許す」
 このお言葉にお答えはせずに薫は階《きざはし》をおりて、美しい菊の一枝を折って来た。そして、

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世の常の垣根《かきね》ににほふ花ならば心のままに折りて見ましを
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 この歌を奏したのは思召しに添ったことであった。

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霜にあへず枯れにし園の菊なれど残りの色はあせずもあるかな
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 と帝は仰せられた。こんなふうにおりおりおほのめかしになるのを、直接薫は伺いながらも、この人の性質であるから、すぐに進んで出ようとも思わなかった。結婚をするのは自分の本意でない、今までもいろいろな縁談があって、その人々に対して気の毒な感情もありながら、断わり続けてきたのに、今になって妻を持っては、俗人と違うことを標榜《ひょうぼう》していたものが、俗の世間へ帰った気が自分でもして妙なものであろう。恋しくてならぬ人ででもあればともかくもであるがと否定のされる心でまた、これが后腹《きさきばら》の姫君であれば、そうも思わないであろうがと考える中納言はおそれおおくもあまりに思い上がったものである。
 この話を左大臣は聞いて、六の君との縁組みに兵部卿《ひょうぶきょう》の宮の進まぬふうは見せられても、薫は一度はああして断わってみせたものの、ねんごろに頼めばしぶしぶにもせよ結婚をしてくれるはずであると楽観していたのに、意外なことが起こってきそうであると思い、兵部卿の宮は正面からの話にはお乗りにはならないでいて、何かと六の君に交渉を求めて手紙をよくおよこしになるのであるから、それは真実性の少ないものであっても、妻にされれば御愛情の生じないはずもない、どんなに忠実な良人《おっと》になる人があっても地位の低い男にやるのは世間体も悪く、自身の心も満足のできないことであろうからと思って、やはり兵部卿の宮を目標として進むことに定めた。女の子によい婿のあることの困難な世の中になり、帝《みかど》すらも御娘のために婿選びの労をおとりになるのであるから、普通の家の娘が婚期をさえ過ぎさせてしまってはならぬなどと、帝のお考えに多少の非難めいたことも左大臣は言い、中宮へ兵部卿の宮との縁組みの実現されるように訴えることがたびたびになったため、后の宮はお困りになり、宮へ、
「気の毒なように長くそれを望んで大臣は待ち暮らしていたのだのに、口実を作っていつまでもお応じにならないのも無情なことですよ。親王というものは後援者次第で光りもし、光らなくも見えるものなのですよ。お上《かみ》の御代《みよ》ももう末になっていくと始終仰せになるのだからね。あなたはよく考えなければならない。普通の人の場合は定《きま》った夫人を持っていてさらに結婚することは困難なのですよ。それでもあの大臣がまじめ一方でいながら二人の夫人を持ち、双方を同じよう
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