あろうと、中の君がお気にかかってそのまま西の対へおいでになった。まだ夜のまま繕われていない夫人の顔が非常に美しく心を惹《ひ》くところがあって、宮のおいでになったことを知りつつ寝たままでいるのも、反感をお招きすることであるからと思い、少し起き上がっている顔の赤みのさした色などが、今朝《けさ》は特別にまたきれいに見えるのであった。何のわけもなく宮は涙ぐんでおしまいになって、しばらく見守っておいでになるのを、中の君は恥ずかしく思って顔を伏せた。そうされてまた、髪の掛かりよう、はえようなどにたぐいもない美を宮はお感じになった。きまりの悪さに愛の言葉などはちょっと口へ出ず、なにげないふうに紛らして、
「どうしてこんなに苦しそうにばかり見えるのだろう。暑さのせいだとあなたは言っていたからやっと涼しくなって、もういいころだと思っているのに、晴れ晴れしくないのはいけないことですね。いろいろ祈祷《きとう》などをさせていても効験《しるし》の見えない気がする。それでも祈祷はもう少し延ばすほうがいいね。効験をよく見せる僧がほしいものだ、何々|僧都《そうず》を夜居《よい》にしてあなたにつけておくのだった」
というようなまじめらしい話をされるのにもお口じょうずなのがうとましく思われる中の君でもあったが、何もお返辞をしないのは平生に違ったことと思われるであろうとはばかって、
「私は昔もこんな時には普通の人のような祈祷も何もしていただかないで自然になおったのですから」
と言った。
「それでよくなおっているのですか」
と宮はお笑いになって、なつかしい愛嬌《あいきょう》の備わった点はこれに比べうる人はないであろうとお思いになったのであるが、お心の一方では新婦をなおよく知りたいとあせるところのおありになるのは、並み並みならずあちらにも愛着を覚えておいでになるのであろう。しかしながらこの人と今いっしょにおいでになっては、昨日《きのう》の愛が減じたとは少しもお感じにならぬのか、未来の世界までもお言いだしになって、変わらない誓いをお立てになるのを聞いていて、中の君は、
「仏の教えのようにこの世は短いものに違いありません。しかもその終わりを待ちますうちにも、あなたが恨めしいことをなさいますのを見なければなりませんから、それよりも未来の世のお約束のほうをお信じしていていいかもしれないと思うことで、まだ懲りずにあなたのお言葉に信頼しようと思います」
と言い、もう忍びきれなかったのか今日は泣いた。今日までもこんなふうに思っているとはお見せすまいとして自身で紛らわしておさえてきた感情だったのであるが、いろいろと胸の中に重なってきて隠されぬことになり、こぼれ始めた涙はとめようもなく多く流れるのを、恥ずかしく苦しく思って、顔をすっかり向こうに向けているのを、しいて宮はこちらへお引き向けになって、
「二人がいっしょに暮らして、同じように愛しているのだと思っていたのに、あなたのほうにはまだ隔てがあったのですね。それでなければ昨夜《ゆうべ》のうちに心が変わったのですか」
こうお言いになり宮は御自身の袖《そで》で夫人の涙をおぬぐいになると、
「夜の間の心変わりということからあなたのお気持ちがよく察せられます」
中の君は言って微笑を見せた。
「ねえ、どうしたのですか、ねえ、なんという幼稚なことをあなたは言いだすのですか。けれどもあなたはほんとうは私へ隔てを持っていないから、心に浮かんだだけのことでもすぐ言ってみるのですね。だから安心だ。どんなにじょうずな言い方をしようとも私が別な妻を一人持ったことは事実なのだから私も隠そうとはしない。けれど私を恨むのはあまりにも世間というものを知らないからですよ。可憐《かれん》だが困ったことだ。まああなたが私の身になって考えてごらんなさい。自身を自身の心のままにできないように私はなっているのですよ。もし光明の世が私の前に開けてくればだれよりもあなたを愛していた証明をしてみせることが一つあるのです。これは軽々しく口にすべきことではないから、ただ命が長くさえあればと思っていてください」
などと言っておいでになるうちに宮が六条院へお出しになった使いが、先方で勧められた酒に少し酔い過ぎて、斟酌《しんしゃく》すべきことも忘れ、平気でこの西の対の前の庭へ出て来た。美しい纏頭《てんとう》の衣類を肩に掛けているので後朝《ごちょう》の使いであることを人々は知った。いつの間にお手紙は書かれたのであろうと想像するのも快いことではないはずである。宮もしいてお隠しになろうと思召さないのであるが、涙ぐんでいる人の心苦しさに、少し気をきかせばよいものをと、ややにがにがしく使いのことをお思いになったが、もう皆暴露してしまったのであるからとお思いになり、女房に命じて返事の手紙をお
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