ない娘で、この世をお愛しにもならぬ父宮を唯一の頼みにしてあの寂しい宇治の山荘に長くいたのであるが、いつとなくそれにも馴《な》れ、徒然《つれづれ》さは覚えながらも、今ほど身にしむ悲しいものとは山荘時代の自分は世の中を知らなかった。父宮と姉君に死に別れたあとでは片時も生きていられないように故人を恋しく悲しく思っていたが、命は失われずあって、軽蔑《けいべつ》した人たちが思ったよりも幸福そうな日が長く続くものとは思われなかったが、自分に対する宮の態度に御誠実さも見え、正妻としてお扱いになるのによって、ようやく物思いも薄らいできていたのであるが、今度の新しい御結婚の噂《うわさ》が事実になってくるにしたがい、過去にも知らなんだ苦しみに身を浸すこととなった、もう宮と自分との間はこれで終わったと思われる、人の死んだ場合とは違って、どんなに新夫人をお愛しになるにもせよ、時々はおいでになることがあろうと思ってよいはずであるが、今夜こうして寂しい自分を置いてお行きになるのを見た刹那《せつな》から、過去も未来も真暗《まっくら》なような気がして心細く、何を思うこともできない、自分ながらあまりに狭量であるのが情けない、生きていればまた悲観しているようなことばかりでもあるまいなどと、みずから慰めようと中の君はするのであるが、姨捨山《おばすてやま》の月(わが心慰めかねつ更科《さらしな》や姨捨山に照る月を見て)ばかりが澄み昇《のぼ》って夜がふけるにしたがい煩悶《はんもん》は加わっていった。松風の音も荒かった山おろしに比べれば穏やかでよい住居《すまい》としているようには今夜は思われずに、山の椎《しい》の葉の音に劣ったように中の君は思うのであった。

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山里の松の蔭《かげ》にもかくばかり身にしむ秋の風はなかりき
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 過去の悲しい夢は忘れたのであろうか。
 老いた女房などが、
「もうおはいりあそばせ、月を長く見ますことはよくないことだと申しますのに。それにこの節ではちょっとしましたお菓子すら召し上がらないのですから、こんなことでどうおなりになりますでしょう。よくございません。以前の悲しいことも私どもにお思い出させになりますのは困ります。おはいりあそばせ」
 こんなことを言う。若い女房らは情けない世の中であると歎息をして、
「宮様の新しい御結婚のこと、ほんとうにいやですね。けれどこの奥様をお捨てあそばすことにはならないでしょう。どんな新しい奥様をお持ちになっても、初めに深くお愛しになった方に対しては情けの残るものだと言いますからね」
 などと言っているのも中の君の耳にはいってくる。見苦しいことである、もうどんなことになっても何とも自分からは言うまい、知らぬふうでいようとこの人が思っているというのは、人には批評をさせまい、自身一人で宮をお恨みしようと思うのであるかもしれない。
「そうじゃありませんか、宮様に比べてあの中納言様の情のお深さ」
 とも老いた女は言い、
「あの方の奥様になっておいでにならないで、こちらの奥様におなりになったというのも不可解な運命というものですね」
 こんなこともささやき合っていたのである。
 宮は中の君を心苦しく思召《おぼしめ》しながらも、新しい人に興味を次々お持ちになる御性質なのであるから、先方に喜ばれるほどに美しく装っていきたいお心から、薫香《くんこう》を多くたきしめてお出かけになった姿は、寸分の隙《すき》もないお若い貴人でおありになった。六条院の東御殿もまた華麗であった。小柄な華奢《きゃしゃ》な姫君というのではなく、よいほどな体格をした新婦であったから、どんな人であろう、たいそうに美人がった柔らかみのない、自尊心の強いような女ではなかろうか、そんな妻であったならいやになるであろうと、こんなことを最初はお思いになったのであるが、そうではないらしくお感じになったのか愛をお持ちになることができた。秋の長夜ではあったが、おそくおいでになったせいでまもなく明けていった。
 兵部卿の宮はお帰りになってもすぐに西の対へおいでになれなかった。しばらく御自身のお居間でお寝《やす》みになってから起きて新夫人の文《ふみ》をお書きになった。あの御様子ではお気に入らないのでもなかったらしいなどと女房たちは陰口《かげぐち》をしていた。
「対の奥様がお気の毒ですね。どんなに大きな愛を宮様が持っておいでになっても、自然|気押《けお》されることも起こるでしょうからね」
 ただの主従でない関係も宮との間に持っている人が多かったから、ここでも嫉妬《しっと》の気はかもされているのである。あちらからの返事をここで見てからと宮は思っておいでになったのであるが、別れて明かしたのもただの夜でないのであるから、どんなに寂しく思っていることで
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