折る人のこころに通ふ花なれや色にはいでず下ににほへる
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 とお言いになると、

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「見る人にかごと寄せける花の枝を心してこそ折るべかりけれ
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 私が困ります」
 薫も冗談《じょうだん》にしてこんなことを申し上げた。並べて見るに最もよく似合った若い貴人と見えた。しんみりとした話になっていって、どうしているかと宇治のことをまず宮はお聞きになった。薫も恋人に死なれた悲しみを言い、初めから今までのその人に関する物思いの連続を、そのおりあのおりと、身にしむようにも、美しくも泣きながら、笑いながらというように話し出したのを、聞いておいでになって、繊細な感情に富んでおいでになり、涙もろい癖の宮は、他人のことながらも、袖《そで》を絞るほどの涙をお流しになって、熱心な受け答えをあそばされるのであった。天もまた哀愁の人に同情するかのように、空を霞《かすみ》がぼんやりこめて、夜になってからは烈《はげ》しく風も吹き出し、まだ冬らしい寒さが寄ってきて灯《ひ》も消えた。「春の夜の闇《やみ》はあやなし」というようなたよりなさではあったが、話す人、聞く人もそれを障《さわ》りにしてそのままにやむ話ではなかった。どんなに語っても中納言は心の晴れることを覚えないままで深更になった。世の中にまたたぐいもないような精神的愛に止まったという薫の話を、必ずしも終わりまでそうではなかったであろうと宮のお思いになるのも、御自身から割り出してお考えになるからであろう。そうではあるが他の点では御想像が穎敏《えいびん》で、薫の気持ちをよく理解され、悲しみも慰めるに足るほどな言葉をお出しになった。一つは御容姿のお美しさが心をよく賺《すか》して、結ぼれの解けぬ歎きを少しずつ語っていかれるのは非常に気の楽になることのように薫に思われたのである。
 宮も近日に中の君を京へお迎えになろうとすることで中納言へ御相談をあそばされると、
「非常にけっこうなことでございます。あのままになりましては私の責任になりますことと苦しく思っておりました。昔の人の名残《なごり》の家も、あの女王があなた様のものであれば、今では私のお訪《たず》ねして行く名目に困っていたのでした。しかしただのお世話は十分に私がせねばならぬ方だと思っていますが、そのことで御感情を害するようなことはない
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