とけ》に仕え、ますますこまやかな交情を作っていきたかった、とこんなことさえ思われる薫には、弁の尼姿さえうらやまれてきて、身体《からだ》を隠すようにしている几帳《きちょう》を少し横へ引きやって、親しみ深くいろいろな話をした。見た所はぼけたようではあるが、ものを言う気配《けはい》などに洗練された跡が見え、美しい若い日を持っていたことが想像される。
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さきに立つ涙の川に身を投げば人におくれぬ命ならまし
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悲しそうな表情で弁の尼は言った。
「それも罪の深いことになるのですよ、そんな死に方をしては極楽へ行けることがまれで、そして暗い中有《ちゅうう》に長くいなければならなくなるのもつまりませんよ、いっさい空《くう》とあきらめるのがいちばんいいのですよ」
とも薫は教えた。
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「身を投げん涙の川に沈みても恋しき瀬々に忘れしもせじ
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どんな時が来れば少しでも心の慰むことが発見されるのだろう」
と薫は言い、終わりもない哀愁をいだかせられる気持ちがした。
帰って行く気もせず物思いを続けているうちに日も暮れたが、このまま泊まっていくことは人の疑いを招くことになりやすいからと思い帰京した。
源中納言の悲しんでいた様子を中の君に語って、弁はいっそう慰めがたいふうになっていた。他の女房たちは楽しいふうで、明日の用意に物を縫うのに夢中になっていたり、老いて醜くなった顔に化粧をして座敷の中を行き歩いていたりしている一方で弁は、いよいよ世捨て人らしいふうを見せて、
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人は皆いそぎ立つめる袖のうらに一人もしほをたるるあまかな
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と中の君へ訴えた。
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「しほたるるあまの衣に異なれやうきたる波に濡《ぬ》るる我が袖
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世間へ出て人並みな幸福な生活が続けていけるとは思われないのだから、ことによってはここをまた最後の隠れ家として私は帰って来るつもりだから、そうなればまたあなたに逢《あ》うこともできますが、しばらくでも別れ別れになって、寂しいあなたの残るのを捨てていくかと思うと、私の進まない心はいっそう進まなくなります。あなたのような姿になった人だっても、絶対に人づきあいをしないものではないようなのです
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