たあとのような気がして思い乱れていた。あの手この手と計画をしながら、気《け》ぶりも初めにお見せにならなかったと中の君は恨んでいて、姉の女王と目を見合わせようともしない。自身がまったく局外の人であったことを明らかに話すこともできぬ姫君は、中の君を遠く気の毒にながめていた。女房たちも、
「昨夜は中姫君のほうにどうしたことがありましたのでございましょう」
などと、大姫君から事実をそれとなく探ろうとして言うのであったが、ただぼんやりとしたふうで保護者の君はいるだけであったから、不思議なことであると皆思っていた。宮のお手紙も解いて姫君は中の君に見せるのであったが、その人は起き上がろうともしない。時間のたつことを言って使いが催促をしてくる。
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よのつねに思ひやすらん露深き路《みち》のささ原分けて来つるも
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書き馴《な》れたみごとな字で、ことさら今日は艶《えん》な筆の跡であったが、ただ鑑賞して見ていた時と違った気持ちでそれに対しては気のめいる悩ましさを覚えさせられる姫君が、保護者らしく返事を代わってすることも恥ずかしく思われて、いろいろに言って中の君に書かせた。薄紫の細長一領に、三重|襲《かさね》の袴《はかま》を添えて纏頭《てんとう》に出したのを使いが固辞して受けぬために、物へ包んで供の人へ渡した。結婚の後朝《ごちょう》の使いとして特別な人を宮はお選びになったのではなく、これまで宇治へ文《ふみ》使いの役をしていた侍童だったのである。これはわざとだれにも知られまいとの宮のお計らいだったのであるから、纏頭のことをお聞きになった時、あの気のきいたふうを見せた老女の仕業《しわざ》であろうとやや不快にお思いになった。
この夜も薫をお誘いになったのであるが、冷泉《れいぜい》院のほうに必ず自分がまいらねばならぬ御用があったからと申して応じなかった。ともすればそうであってはならぬ場合に悟りすました冷静さを見せる友であると宮は憎いようにお思いになった。宇治の大姫君を薫は情人にしていると信じておいでになるからである。
もうしかたがない、こちらの望んだ結果でなかったと言ってもおろそかにはできない婿君であると弱くなった心から総角の姫君は思って、儀式の装飾の品なども十分にそろっているわけではないが、風流な好みを見せた飾りつけをして第二の夜の宮をお待ちした。遠い路《みち》を急いで宮のお着きになった時は、姫君の心に喜びがわいた。自分にもこうした感情の起こるのは予期しなかったことに違いない。新婦の女王《にょおう》は化粧をされ、服をかえさせられながらも、明るい色の袖《そで》の上が涙でどこまでも、濡《ぬ》れていくのを見ると、姉君も泣いて、
「私はこの世に長く生きていようとも、それを楽しいことに思おうともしない人ですから、ただ毎日願っていることは、あなただけが幸《しあわ》せになってほしいということだったのですよ。それに女房たちもこれを良縁だとうるさいまでに言うのですからね、なんといっても、私たちと違って年をとっていろいろな経験を持っている人たちには、こうした問題についての判断がよくできるものだろう、私一人の意志を立てて、いつまでも二人の独身女であってはなるまいと考えるようになったことはあっても、突然な今度のようなことであなたの心を乱させようなどとは少しも思わなかったのですよ。でもね、これが人の言う逃げようもない宿命だったのでしょうね。私の心も苦しんでいますよ、すこしあなたの気分の晴れてきたころに、私が今度のことに関係していなかったことの弁明もして聞いてもらいますよ。知らぬ私をあまりに恨んではあなたが罪を作ることになります」
と姫君が中の君の髪を繕いながら言ったのに対して、中の君は何とも返辞はしなかったが、さすがに、こうまで自分を愛して言う姉君であるから、危険な道へ進めようとしたわけではあるまい、そうであるにもかかわらず、薄い愛より与えぬ人の妻になって、自分のために姉君へまた新しい物思いをさせることが悲しいと、今後の日を思って歎いていた。
闖入《ちんにゅう》者に驚きあきれていた夜の顔さえ美しい人であったのにまして、今夜は美しい服を着け、化粧の施されている女王を宮は御覧になって、いっそうこまやかに御愛情の深まっていくにつけても、たやすく通いがたい長い路《みち》が中を隔てているのを、胸の痛くなるほどにも苦しく思召《おぼしめ》されて、真心から変わらぬ将来の誓いをされるのだったが、姫君はまだ自身の愛のわいてくるのを覚えなかった。わからないのであった。非常に大事にかしずかれた高貴な姫君といっても、世間というものと今少し多く交渉を持っていて、親とか兄弟とかの所へ出入りする異性があったなら、羞恥《しゅうち》心などもこれほどになくて済むであろうと思われる。召使いどもにあがめられる生活はしていないが、山里であったから世間に遠くて、人に馴《な》れていない中の君は、地からわいたような良人《おっと》がただ恥ずかしい人とより思われないのであって、自分の言うことなどは田舎《いなか》風に聞こえることばかりであろうと思って、ちょっとした宮へのお返辞もできかねた。しかしながら二女王を比べて言えば、貴女らしい才の美しいひらめきなどはこの人のほうに多いのである。
三日にあたる夜は餠《もち》を新夫婦に供するものであると女房たちが言うため、そうした祝いもすることかと総角の姫君は思い、自身の居間でそれを作らせているのであったが、勝手がよくわからなかった。自分が年長者らしくこんなことを扱うのも、人が何と思って見ることかとはばかられる心から、赤らめている顔が非常に美しかった。姉心というのか、おおように気高《けだか》い性格でいて、妹の女王のためには何かと優しいこまごまとした世話もする姫君であった。源中納言から、
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今夜はまいって、雑用のお手つだいもいたしたく思うのですが、先夜の宿直《とのい》にお貸しくださいました所が所ですから、少し身体《からだ》をそこねまして、まだ癒《なお》らない私は、どうしても出かけられませぬ。
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と、二枚の檀紙に続けて書いた手紙を添え、今夜の祝儀の酒肴《しゅこう》類、それからまた縫わせる間のなかった衣服地のいろいろを巻いたままで入れ、幾つもの懸子《かけご》へ分けて納めた箱を弁の所へ持たせてよこした。女房たち用にということであった。母宮のお住居《すまい》にいた時であって、思うままにも取りまとめる間がなかったものらしい。普通の絹や綾《あや》も下のほうには詰め敷かれてあって、女王がたにと思ったらしい二|襲《かさね》の特に美しく作られた物の、その一つのほうの単衣《ひとえ》の袖《そで》に、次の歌が書かれてあった、少し昔風なことであるが。
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さよ衣着てなれきとは言はずとも恨言《かごと》ばかりはかけずしもあらじ
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これは戯れに威嚇《いかく》して見せたのである。中の君に対して言われているのであろうが、いずれにもせよ羞恥《しゅうち》を感ぜずにはいられないことであったから、返事の書きようもなく姫君の困っている間に、纏頭《てんとう》を辞する意味で使いのおもだった人は帰ってしまった。下の侍の一人を呼びとめて姫君の歌が渡された。
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隔てなき心ばかりは通ふとも馴《な》れし袖とはかけじとぞ思ふ
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心のかき乱されていたあの夜の名残《なごり》で、思っただけの平凡な歌より詠《よ》まれなかったのであろうと受け取った薫は哀れに思った。
兵部卿の宮はその夜宮中へおいでになったのであるが、新婦の宇治へ行くことが非常な難事にお思われになって、人知れず心を苦しめておいでになる時に、中宮《ちゅうぐう》が、
「どんなに言ってもあなたはいつまでも一人でおいでになるものだから、このごろは私の耳にもあなたの浮いた話が少しずつはいってくるようになりましたよ。それはよくないことですよ。風流好きとか、何々趣味の人とか人に違った評判は立てられないほうがいいのですよ。お上《かみ》もあなたのことを御心配しておいでになります」
と仰せになって、私邸に行っておいでがちな点で御忠告をあそばしたために、兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は時が時であったから苦しくお思いになって、桐壺《きりつぼ》の宿直《とのい》所へおいでになり、手紙を書いて宇治へお送りになったあとも、心が落ち着かず吐息《といき》をついておいでになるところへ源中納言が来た。宇治がたの人とお思いになるとうれしくて、
「どうしたらいいだろう。こんなに暗くなってしまったのに、出られないので煩悶《はんもん》をしているのですよ」
こうお言いになり、歎かわしそうなふうをお見せになったが、なおよく宮の新婦に対する真心の深さをきわめたく思った薫《かおる》は、
「しばらくぶりで御所へおいでになりましたあなた様が、今夜|宿直《とのい》をあそばさないですぐお出かけになっては、中宮様はよろしくなく思召すでしょう。先ほど私は、台盤所のほうで中宮様のお言葉を聞いておりまして、私がよろしくないお手引きをいたしましたことでお叱《しか》りを受けるのでないかと顔色の変わるのを覚えました」
と申して見た。
「私がひどく悪いようにおっしゃるではないか。たいていのことは人がいいかげんなことを申し上げているからなのだろう。世間から非難をされるようなことは何もしていないではないか。何にせよ窮窟な身の上であることがいけないね。こんな身分でなければと思う」
心の底からそう思召すふうで仰せられるのを見て、お気の毒になった薫は、
「どうせ同じことでございますから、今晩のあなた様の罪は私が被《き》ることにいたしましょう、どんな犠牲もいといません。木幡《こばた》の山に馬はいかがでございましょう(山城の木幡の里に馬はあれど徒歩《かち》よりぞ行く君を思ひかね)いっそうお噂《うわさ》は立つことになりましても」
こう申し上げた。夜はますます暗くなっていくばかりであったから、忍びかねて宮は馬でお出かけになることになった。
「お供にはかえって私のまいらぬほうがよろしゅうございましょう。私は宿直《とのい》することにいたしまして、あなた様のために何かと都合よくお計らいいたしましょう」
と言って、薫は残ることにした。
薫が中宮の御殿へまいると、
「兵部卿の宮さんはお出かけになったらしい。困った御行跡ね。お上《かみ》がお聞きになれば必ず私がよく忠告をしてあげないからだとお思いになってお小言をあそばすだろうから困るのよ」
こうお后《きさき》は仰せになった。多くの宮様が皆|大人《おとな》になっておいでになるのであるが、御母宮はいよいよ若々しいお美しさが増してお見えになるのであった。女一《にょいち》の宮《みや》もこんなのでおありになるのであろう、どんな機会によって自分はこれほど一の宮へ接近することができるであろう、お声だけでも聞きうることができようと、幼い日からのあこがれが今またこの人の心を哀れにさせた。好色な人が思うまじき人を思うことになるのも、こうした間柄で、さすがにある程度まで近づくことが許されていて、しかもきびしい隔てがその中に立てられているというような時に、苦しみもし、悶《もだ》えもするのであろう、自分のように異性への関心の淡いものはないのであるが、それでさえもなお動き始めた心はおさえがたいものなのであるから、などと薫は思っていた。侍女たちは容貌《ようぼう》も性情も皆すぐれていて、欠点のある者は少なく、どれにもよいところが備わり、また中には特に目だつほどの人もあるが、恋のあやまちはすまいと決めているから、薫は中宮の御殿に来ていてもまじめにばかりしていた。わざとこの人の目につくようにふるまう人もないのではない。気品を傷つけないようにと上下とも慎み深く暮らす女房たちにも、個性はそれぞれ違ったものであるから、美しい薫への好奇心が、おさえられつつも外へ現われて
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