見いだされる。腕《かいな》なども細く細く細くなって影のようにはかなくは見えながらも色合いが変わらず、白く美しくなよなよとして、白い服の柔らかなのを身につけ夜着は少し下へ押しやってある。それはちょうど中に胴というもののない雛《ひな》人形を寝かせたようなのである。髪は多すぎるとは思われぬほどの量《かさ》で床の上にあった。枕《まくら》から下がったあたりがつやつやと美しいのを見ても、この人がどうなってしまうのであろう、助かりそうも見えぬではないかと限りなく惜しまれた。長く病臥《びょうが》していて何のつくろいもしていない人が、盛装して気どった美人というものよりはるかにすぐれていて、見ているうちに魂も、この人と合致するために自分を離れて行くように思われた。
「あなたがいよいよ私を捨ててお行きになることになったら、私も生きていませんよ。けれど、人の命は思うようになるものでなく、生きていねばならぬことになりましたら、私は深い山へはいってしまおうと思います。ただその際にお妹様を心細い状態であとへお残しするだけが苦痛に思われます」
中納言は少しでもものを言わせたいために、病者が最も関心を持つはずの人のことを言ってみると、姫君は顔を隠していた袖《そで》を少し引き直して、
「私はこうして短命で終わる予感があったものですから、あなたの御好意を解しないように思われますのが苦しくて、残っていく人を私の代わりと思ってくださるようにとそう願っていたのですが、あなたがそのとおりにしてくださいましたら、どんなに安心だったかと思いましてね、それだけが心残りで死なれない気もいたします」
と言った。
「こんなふうに悲しい思いばかりをしなければならないのが私の宿命だったのでしょう。私はあなた以外のだれとも夫婦になる気は持ってなかったものですから、あなたの好意にもそむいたわけなのです。今さら残念であの方がお気の毒でなりません。しかし御心配をなさることはありませんよ。あの方のことは」
などともなだめていた薫は、姫君が苦しそうなふうであるのを見て、修法の僧などを近くへ呼び入れさせ、効験をよく現わす人々に加持をさせた。そして自身でも念じ入っていた。人生をことさらいとわしくなっている薫でないために、道へ深く入れようとされる仏などが、今こうした大きな悲しみをさせるのではなかろうか。見ているうちに何かの植物が枯れていくように総角《あげまき》の姫君の死んだのは悲しいことであった。引きとめることもできず、足摺《あしず》りしたいほどに薫は思い、人が何と思うともはばかる気はなくなっていた。臨終と見て中の君が自分もともに死にたいとはげしい悲嘆にくれたのも道理である。涙におぼれている女王を、例の忠告好きの女房たちは、こんな場合に肉親がそばで歎くのはよろしくないことになっていると言って、無理に他の室へ伴って行った。
源中納言は死んだのを見ていても、これは事実でないであろう、夢ではないかと思って、台の灯《ひ》を高く掲げて近くへ寄せ、恋人をながめるのであったが、少し袖《そで》で隠している顔もただ眠っているようで、変わったと思われるところもなく美しく横たわっている姫君を、このままにして乾燥した玉虫の骸《から》のように永久に自分から離さずに置く方法があればよいと、こんなことも思った。遺骸《いがい》として始末するために人が髪を直した時に、さっと芳香が立った。それはなつかしい生きていた日のままのにおいであった。どの点でこの人に欠点があるとしてのけにくい執着を除けばいいのであろう、あまりにも完全な女性であった。この人の死が自分を信仰へ導こうとする仏の方便であるならば、恐怖もされるような、悲しみも忘れられるほど変相を見せられたいと仏を念じているのであるが、悲しみはますます深まるばかりであったから、せめて早く煙にすることをしようと思い、葬送の儀式のことなどを命じてさせるのもまた苦しいことであった。空を歩くような気持ちを覚えて薫は葬場へ行ったのであるが、火葬の煙さえも多くは立たなかったのにはかなさをさらに感じて山荘へ帰った。
忌籠《きごも》りする僧の数も多くて、心細さは少し慰むはずであったが、中の君はだれにもだれにも先立たれた不幸な女として人から見られるのすら恥ずかしいと思い沈んでいて、この人も生きた姫君とは思われないほどであった。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮からも御慰問の品々が贈られたのであるが、恨めしいと思い込んだ姉君の気持ちを、ついに緩和させずじまいになされた方だと思うと、中の君はお受けしてうれしいとは思わなかった。
中納言は人生の悲しみを切実に味わった今度のことを機会に、出家したいと思う心はあるのであるが、三条の母宮の思召しもはばかられ、それとこの中の君の境遇の心細さは見捨てられないものに思われて煩悶《はんもん》をしながら、故|女王《にょおう》の言ったとおりに、短命で死ぬ人の代わりに中の君を娶《めと》るのもよかった、自分の身を分けた同じものに思えと言われても、恋の相手を変える気にその当時の自分はなれなかった、こんな孤独の人にして物思いをさせるのであったなら、故人を忍ぶ相手として二人で語り合う身になっておればよかったのであるとも思った。かりそめにも京へ出ることをせず、物思いをしてこもっていることを知って、世間の人も故人を薫が深く愛していたことを知り、宮中をはじめとして諸方面からの慰問の使いが山荘を多く訪《おとず》れた。
女王の歿後《ぼつご》の日はずんずんとたっていく。七日七日の法要にも尊いことを多くして志の深い弔いを故人のために怠らぬ源中納言も、妻を失った良人《おっと》でないため喪服は着けることのできないため、ことに大姫君を尊敬して仕えた女房らの濃い墨染めの袖《そで》を見ても、
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くれなゐに落つる涙もかひなきはかたみの色を染めぬなりけり
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こんなことがつぶやかれ、浅い紅《くれない》の下の単衣《ひとえ》の袖を涙に濡《ぬ》らしているこの人は、あくまで艶《えん》できれいであった。女房たちがのぞきながら、
「姫君のお亡《かく》れになった悲しみは別として、この殿様がこちらにずっとおいでくださいますことに私たちはもう馴《な》らされていて、忌が済んでお帰りになることを思うと、お別れが惜しくて悲しいではありませんか。なんという宿命でしょう。こんなに真心の深い方をお二方とも御冷淡になすって、御縁をお結びにならなかったとはね」
とも言って泣き合っていた。
「こちらの姫君をあの方のお形見とみなして、今後はいろいろ昔の話を申し上げ、また承りもしたいと思うのです。他人のように思召さないでください」
と薫は中の君へ言わせたが、すべての点で自分は薄命な女であると思う心から恥じられて、中の君はまだ話し合おうとはしなかった。この女王のほうはあざやかな美人で、娘らしいところと、気高《けだか》いところは多分に持っていたが、なつかしい柔らかな嫋々《じょうじょう》たる美というものは故人に劣っていると事に触れて薫は思った。
雪の暗く降り暮らした日、終日物思いをしていた薫は、世人が愛しにくいものに言う十二月の月の冴《さ》えてかかった空を、御簾《みす》を巻き上げてながめていると、御寺《みてら》の鐘の声が今日も暮れたとかすかに響いてきた。
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おくれじと空行く月を慕ふかな終《つ》ひにすむべきこの世ならねば
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風がはげしくなったので、揚げ戸を皆おろさせるのであったが、四辺の山影をうつした宇治川の汀《みぎわ》の氷に宿っている月が美しく見えた。京の家の作りみがいた庭にもこんな趣きは見がたいものであるがと薫は思った。病体にもせよあの人が生きていてくれたならば、こんな景色《けしき》も共にながめて語ることができたであろうと思うと、悲しみが胸から外へあふれ出すような気がした。
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恋ひわびて死ぬる薬のゆかしきに雪の山には跡を消《け》なまし
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死を求める雪山童子《せつさんどうじ》が鬼に教えられた偈《げ》の文も得たい、それを唱えてこの川へ身を投げ、亡《な》き人に逢《あ》おうと薫《かおる》が思ったというのは、あまりに未練な求道者というべきである。
中納言は女房たちを皆そばへ呼び集めて、話などをさせて聞いていた。様子のりっぱであることと、親切な性情を知っている女たちであるから、その中の若い人らは身にしむほどの思いで好意を持った。老いた人たちは薫を見ることによっても故人が惜しまれてならなかった。
「御病気の重くなりましたのも、兵部卿《ひょうぶきょう》の宮様のお態度に失望をなさいまして、世間体も恥ずかしいとお思いになりますのを、さすがに中の君様には、それほどにまで思召すとはお隠しになりまして、ただお一人心の中でだけ世の中を悲観し続けていらっしゃいますうちに、お食欲などもまるでなくなっておしまいになりまして、御衰弱に御衰弱が重なってまいったようでございます。表面には物思いをあそばすふうをお見せにならずに、深く胸の中で悩んでいらっしったのでございます。それに中の君様に結婚をおさせになりましたことは父宮様の御遺戒にもそむいたことであったと、いつもそれをお心の苦になさいましたのでございますよ」
こんなことを言って、いつの時、いつかこうお言いになったことがあるなどと大姫君のことを語って、だれもだれも際限なく泣いた。自分の計らいが原因して苦しい物思いを故人にさせたと、あやまちを取り返しうるものなら取り返したく思って薫は聞いたのであって、恋人の死そのものだけでなく、すべての人生が恨めしく、念誦《ねんず》を哀れなふうにしていて、眠りについたかと思うとまたすぐに目ざめていた。
この早朝の雪の気《け》の寒い時に、人声が多く聞こえてきて、馬の脚音《あしおと》さえもした。こうした未明に雪を分けてだれも山荘へ近づくはずがないと僧たちもそれを聞いて思っていると、それは目だたぬ狩衣《かりぎぬ》姿で兵部卿の宮が訪ねておいでになったのであった。ひどく衣服を濡《ぬ》らしてはいっておいでになった。妻戸をおたたきになる音に、宮でおありになろうことを想像した薫は、蔭《かげ》になったほうの室へひそかにはいっていた。まだ女王の忌《いみ》の日が残っているのであるが、心がかりに堪えぬように思召して、一晩じゅう雪に吹き迷わされになりながらここへ宮はお着きになったのである。こんな悪天候をものともあそばさなかった御訪問であったから、恨めしさも紛らされていってもいいのであろうが、中の君は逢《あ》ってお話をする気にはなれなかった。宮の御誠意のなさに姉を煩悶《はんもん》させ続けていたころの恥ずかしかったこと、その気持ちを直させることもしていただけなかったのであるから今になって真心をつくしてくださることになっても、もうおそい、かいがないと深く中の君は思うのであって、女房のだれもが道理を説いて勧めた結果、ようやく物越しでお逢いすることになり、宮は今までの怠りのお言いわけをあそばすのであるが、ただじっと聞き入っているばかりの中の君で、この人さえも、あるかないかのような心細い命の人と思われ、続いてどうかなるのではあるまいかと思われる気配《けはい》も見えるのを、宮はお悲しみになって、今日は何事も犠牲にしてよいという気におなりになりお帰りにならないことになった。物越しなどでなく、直接に逢いたいと宮はいろいろお訴えになるのであったが、
「もう少し人ごこちがするようになっているのでしたら」
と言い、女王はいなみ続けていた。
このことを薫も聞いて、中の君へ取り次がすのに都合のよい女房を呼んで、
「こちらの真心に対してあさはかにも見える態度を、初めもその後もおとりになった宮を不快にお思いになるのはもっともですが、今少し情状を酌量《しゃくりょう》になって、反感をお起こしにならぬ程度にお扱いになるがよろしい。今まで御経験のなかったためにお苦しいでしょうが」
などと忠告をさせ
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