源氏物語
総角
紫式部
與謝野晶子訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)河風《かわかぜ》の音
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)長い年月|馴《な》れた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ]
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[#地から3字上げ]心をば火の思ひもて焼かましと願ひき
[#地から3字上げ]身をば煙にぞする (晶子)
長い年月|馴《な》れた河風《かわかぜ》の音も、今年の秋は耳騒がしく、悲しみを加重するものとばかり宇治の姫君たちは聞きながら、父宮の御一周忌の仏事の用意をしていた。大体の仕度《したく》は源中納言と山の御寺《みてら》の阿闍梨《あじゃり》の手でなされてあって、女王《にょおう》たちはただ僧たちへ出す法服のこと、経巻の装幀《そうてい》そのほかのこまごまとしたものを、何がなければ不都合であるとか、何を必要とするとかいうようなことを周囲の女たちが注意するままに手もとで作らせることしかできないのであったから、薫《かおる》のような後援者がついておればこそ、これまでに事も運ぶのであるがと思われた。
薫は自身でも出かけて来て、除服後の姫君たちの衣服その他を周到にそろえた贈り物をした。その時に阿闍梨も寺から出て来た。二人の姫君は名香《みょうこう》の飾りの糸を組んでいる時で、「かくてもへぬる」(身をうしと思ふに消えぬものなればかくてもへぬるものにぞありける)などと言い尽くせぬ悲しみを語っていたのであるため、結び上げた総角《あげまき》(組み紐の結んだ塊《かたまり》)の房《ふさ》が御簾《みす》の端から、几帳《きちょう》のほころびをとおして見えたので、薫はそれとうなずいた。
「自身の涙を玉に貫《さ》そうと言いました伊勢《いせ》もあなたがたと同じような気持ちだったのでしょうね」
こうした文学的なことを薫が言っても、それに応じたようなことで答えをするのも恥ずかしくて、心のうちでは貫之《つらゆき》朝臣《あそん》が「糸に縒《よ》るものならなくに別れ路《ぢ》は心細くも思ほゆるかな」と言い、生きての別れをさえ寂しがったのではなかったかなどと考えていた。御仏《みほとけ》への願文を文章博士《もんじょうはかせ》に作らせる下書きをした硯《すずり》のついでに、薫は、
[#ここから2字下げ]
あげまきに長き契りを結びこめ同じところに縒《よ》りも合はなん
[#ここで字下げ終わり]
と書いて大姫君に見せた。またとうるさく女王は思いながらも、
[#ここから2字下げ]
貫《ぬ》きもあへずもろき涙の玉の緒に長き契りをいかが結ばん
[#ここで字下げ終わり]
と返しを書いて出した。「逢はずば何を」(片糸をこなたかなたに縒りかけて合はずば何を玉の緒にせん)と薫は歎かれるのであるが、自身のことを正面から言うことはできずに、洩《も》らす溜息《ためいき》に代える程度により口へ出しえないのは、姫君のあまりに高貴な気に打たれてしまうことが多いからであった。それで兵部卿《ひょうぶきょう》の宮と中の君の縁組みのことを熱心なふうに言い出した。
「それほど深くお思いになるのでなく好奇心をお働かせになることが多くて、お申し込みになったのを、冷淡にお扱われになるために、負けぬ気を出しておいでになるだけではないかと、私は考えもしまして、いろいろにして御様子を見ていますが、どうも誠心誠意でお始めになった恋愛としか思われません。それをどうしてただ今のようなふうにばかりこちらではお扱いになるのでしょう。ものの判断がおできにならぬほどの少女ではおられない聡明《そうめい》なあなたの御意見をよく伺いたいと私は思っているのですが、いつまでも御相談相手にしてくださいませんのは、私の純粋な信頼をおくみいただけない、恨めしいことだと思っています。可否だけでも言ってくださいませんか」
薫はまじめであった。
「あなたの御親切に感謝しておりますればこそ、こんなにまで世間に例のございませんほどにもお親しくおつきあい申し上げているのでございます。それがおわかりになりませんのは、あなたのほうに不純な点がおありになるのではないかと疑われます。少女でもないとおっしゃいますが、実際こんな寄るべない身の上になっていましては、ありとあらゆることを普通の人であれば考え尽くしていなければなりませんのに、どんなことにも幼稚で、ことに今のお話のようなことは、宮が生きておいでになりましたころにも、こんな話があればとかそうであればとか将来の問題としてほかの話の中ででもおっしゃらなかったことでしたから、やはり宮様のお心は、私たちはただこのままで、他の方のような結婚の幸福というようなことは念頭に置かずに一生を過ごすようにとお考えになったに違いないとそう思ってい
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