ですよ」
と言って姫君は応じない。愛人を新しくする際に虚心平気でそれをするのでないことをこの人は言おうとするのであろうか、今までからこんなふうにしては話し合った間柄なのだから、あまり冷ややかにものを言わぬようにして、そして夜をふかさせずに立ち去らしめようと思い、この席を姫君は与えたのであったが、襖子の間から女の袖《そで》をとらえて引き寄せた薫は、心に積もる恨みを告げた。困ったことである、話すことをなぜ許したのであろうと後悔がされ、恐ろしくさえ思うのであるが、上手《じょうず》にここを去らせようとする心から、妹は自分と同じなのであるからということを、それとなく言っている心持ちなどを男は哀れに思った。
兵部卿の宮は薫がお教えしたとおりに、あの夜の戸口によって扇をお鳴らしになると、弁が来て導いた。今一人の女王のほうへこうして薫を導き馴《な》れた女であろうと宮はおもしろくお思いになりながら、ついておいでになり、寝室へおはいりになったのも知らずに、大姫君は上手《じょうず》に中の君のほうへ薫を行かせようということを考えていた。おかしくも思い、また気の毒にも思われて、事実を知らせずにおいていつまでも恨まれるのは苦しいことであろうと薫は告白をすることにした。
「兵部卿の宮様がいっしょに来たいとお望みになりましたから、お断わりをしかねて御同伴申し上げたのですが、物音もおさせにならずどこかへおはいりになりました。この賢ぶった男を上手におだましになったのかもしれません。どちらつかずの哀れな見苦しい私になるでしょう」
聞く姫君はまったく意外なことであったから、ものもわからなくなるほどに残念な気がして、この人が憎く、
「いろいろ奇怪なことをあそばすあなたとは存じ上げずに、私どもは幼稚な心であなたを御信用申していましたのが、あなたには滑稽《こっけい》に見えて侮辱をお与えになったのでございますね」
総角《あげまき》の女王は極度に口惜《くちお》しがっていた。
「もう時があるべきことをあらせたのです。私がどんなに道理を申し上げても足りなくお思いになるのでしたなら、私を打擲《ちょうちゃく》でも何でもしてください。あの女王様の心は私よりも高い身分の方にあったのです。それに宿命というものがあって、それは人間の力で左右できませんから、あの女王さんには私をお愛しくださることがなかったのです。その御様子が見えてお気の毒でしたし、愛されえない自分が恥ずかしくて、あの方のお心から退却するほかはなかったのです。もうしかたがないとあきらめてくだすって私の妻になってくださればいいではありませんか。どんなに堅く襖子は閉《し》めてお置きになりましても、あなたと私の間柄を精神的の交際以上に進んでいなかったとはだれも想像いたしますまい。御案内して差し上げた方のお心にも、私がこうして苦しい悶《もだ》えをしながら夜を明かすとはおわかりになっていますまい」
と言う薫は襖子をさえ破りかねぬ興奮を見せているのであったから、うとましくは思いながら、言いなだめようと姫君はして、なお話の相手はし続けた。
「あなたがお言いになります宿命というものは目に見えないものですから、私どもにはただ事実に対して涙ばかりが胸をふさぐのを感じます。何というなされ方だろうとあさましいのでございます。こんなことが言い伝えに残りましたら、昔の荒唐無稽《こうとうむけい》な、誇張の多い小説の筋と同じように思われることでしょう。どうしてそんなことをお考え出しになったのかとばかり思われまして、私たち姉妹《きょうだい》への御好意とはそれがどうして考えられましょう。こんなにいろいろにして私をお苦しめにならないでくださいまし。惜しくございません命でも、もしもまだ続いていくようでしたら、私もまた落ち着いてお話のできることがあろうと思います。ただ今のことを伺いましたら、急に真暗《まっくら》な気持ちになりまして、身体《からだ》も苦しくてなりません。私はここで休みますからお許しくださいませ」
絶望的な力のない声ではあるが、理窟《りくつ》を立てて言われたのが、薫には気恥ずかしく思われ、またその人が可憐《かれん》にも思われて、
「あなた、私のお愛しする方、どんなにもあなたの御意志に従いたいというのが私の願いなのですから、こんなにまで一徹なところもお目にかけたのです。言いようもなく憎いうとましい人間と私を見ていらっしゃるのですから、申すことも何も申されません。いよいよ私は人生の外へ踏み出さなければならぬ気がします」
と言って薫は歎息《たんそく》をもらしたが、また、
「ではこの隔てを置いたままで話させていただきましょう。まったく顧みをなさらないようなことはしないでください」
こうも言いながら袖《そで》から手を離した。姫君は身を後ろへ引いたが、あ
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