女王の病のために薫が宇治に滞在していることを、それからそれへと話に聞き、慰問にわざわざ来る人もあった。深く愛している様子を察している部下の人、家職の人たちはいろいろの祈祷を依頼しにまわるのに狂奔していた。
今日は五節《ごせち》の当日であると薫は京を思いやっていた。風がひどくなり、雪もあわただしく降り荒れていた。京の中の天気はこんなでもあるまいがと切実に心細さを感じていた薫は、この人と夫婦になれずに終わるのであろうかと考えられる点に、運命の恨めしさはあったが、そんなことは今さら思うべきでない、なつかしい可憐《かれん》なふうで、ただしばらくでも以前のように思うことの言い合える時があればいいのであるがと物思わしくしていた。明るくならないままで日が暮れた。
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かきくもり日かげも見えぬ奥山に心をくらすころにもあるかな
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薫の歌である。この人のいてくれるのをだれも力に頼んでいた。
いつもの近い席に薫がいる時に、几帳《きちょう》などを風が乱暴に吹き上げるため中の君は向こうのほうへはいった。老いた女房などもきまり悪がって隠れてしまった間に、近々と病床へ薫は寄って、
「どんな御気分ですか、私が精神を集中して快くおなりになるのを祈っているのに、その効《かい》がなくて、もう声すら聞かせていただけなくなったのは悲しいことじゃありませんか。私をあとに残して行っておしまいになったらどんなに恨めしいでしょう」
泣く泣くこう言った。もう意識もおぼろになったようでありながら女王は薫のけはいを知って袖《そで》で顔をよく隠していた。
「少しでもよろしい間があれば、あなたにお話し申したいこともあるのですが、何をしようとしても消えていくようにばかりなさるのは悲しゅうございます」
薫を深く憐《あわれ》むふうのあるのを知って、いよいよ男の涙はとめどなく流れるのであるが、周囲で頼み少なく思っているとは知らせたくないと思って慎もうとしても、泣く声の立つのをどうしようもなかった。自分とはどんな宿命で、心の限り愛していながら、恨めしい思いを多く味わわせられるだけでこの人と別れねばならぬのであろう、少し悪い感じでも与えられれば、それによってせめても失う者の苦しみをなだめることになるであろう、と思って見つめる薫であったが、いよいよ可憐《かれん》で、美しい点ばかりが
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