もない声《こわ》づかいで弁はこの役を勤めた。こうした言葉の贈答にも、遠慮深くはありながらなつかしい才気のにおいの覚えられるこの女王とも、姉女王を死が奪ったあとではよそよそになってしまわねばならぬではないか、何もかも失うことになればどんな気がするであろうと薫は恐ろしいことのようにさえ思った。阿闍梨の夢に八の宮が現われておいでになったことを思っても、このいたましい二人の女王があの世からお気がかりにお見えになることかもしれぬと思われる薫は、山の御寺《みてら》へも誦経《ずきょう》の使いを出し、そのほかの所々へも読経《どきょう》をさせる使いをすぐに立てた。宮廷のほうへも、私邸のほうへもお暇《いとま》を乞《こ》い、神々への祭り、祓《はらい》までも隙《ひま》なくさせて姫君の快癒《かいゆ》のみ待つ薫であったが、見えぬ罪により得ている病ではないのであったから、効験は現われてこなかった。病者自身が、生かせてほしいと仏に願っておればともかくであるが、女王にすれば、病になったのを幸いとして死にたいと念じていることであるから、祈祷《きとう》の効目《ききめ》もないわけである。死ぬほうがよい、中納言がこうしてつききりになっていて介抱《かいほう》をされるのでは、癒《なお》ったあとの自分はその妻になるよりほかの道はない、そうかといって、今見る熱愛とのちの日の愛情とが変わり、自分も恨むことになり、煩悶《はんもん》が絶えなくなるのはいとわしい。もしこの病で死ぬことができなかった場合には、病身であることに託して尼になろう、そうしてこそ互いの愛は永久に保たれることになるのであるから、ぜひそうしなければならぬと姫君は深く思うようになって、死ぬにしても、生きるにしても出家のことはぜひ実行したいと考えるのであるが、そんな賢げに聞こえることは薫に言い出されなくて、中の君に、
「私の病気は癒るのでないような気がしますからね、仏のお弟子《でし》になることによって、命の助かる例もあると言いますから、あなたからそのことを阿闍梨に頼んでください」
 こう言ってみた。皆が泣いて、
「とんでもない仰せでございます。あんなに御心配をしていらっしゃいます中納言様がどれほど御落胆あそばすかしれません」
 だれもこんなことを言って、唯一の庇護者《ひごしゃ》である薫《かおる》にこの望みを取り次ごうとしないのを病女王は残念に思っていた。
 
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