友には見せるがね」
 と宮はお恨みになった。
「そうですね。あなたはたくさんのお手もとへまいる手紙の片端すらお見せになりません。あちらの女王がたのことは私のような欠陥のある人間などの対象にしておくべきではありませんから、ぜひあなたのお目にかけたい方々だと思っているのですが、どんなふうにすれば御接近ができるでしょう。身分のない者は恋愛がしたければ自由に恋愛もできるのですから、皆それ相当におもしろい恋愛生活はしているようですがね。男の興味を惹《ひ》くような女が物思いをしながら、世間の目から隠れて住んでいるようなことも郊外とか田舎《いなか》とかにはあるのですね。その話の女性たちも人間離れのした信心くさい、堅い感じのする人たちであろうと、私は長く軽蔑《けいべつ》して考えていまして、少しも興味が持てなかったものです。ほのかな月の光で見た目が誤っておりませんでしたら、確かに欠点のない美人です。様子といい、身のとりなしといい、それだけの人は美の極致としてよいことになるかと思います」
 と薫は言うのである。しまいには宮は真心から、普通の人などに心の惹《ひ》かれることのない人がこれほど熱心にたたえるのはすぐれた美貌《びぼう》の主に違いないとお信じになるようになり、非常な興味を宇治の女王たちにお持ちになることになった。
「今後もよくさぐって来て私に知らせてください」
 宮はこうお言いになって、御自身の自由の欠けた尊貴さをいとわしくお思いになるふうまでもお見せになるのを、薫はおかしく思った。
「しかし、そうした危険なことはしないほうがいいですね。この世へ執着を作るべきでないという信念を持っております私が、そうした中へはいって行って、自分ながら抑制できませんようなことになっては、すべての理想がこわれてしまうでしょうから」
「たいそうだね、例のとおりの坊様くさいことを言っている君のその態度がいつまで続くか見たいものだ」
 宮はお笑いになった。
 薫の心は宇治の宮で老女がほのめかした話からまた古い疑問が擡頭《たいとう》していて、人生が悲しく見えてならないこのごろであったから、美しい感じを受けたことにも、ほかから耳にはいってくるすぐれた女性の噂《うわさ》などにも自身は興味をそう持てないのであった。
 十月になって五、六日ごろに薫《かおる》は宇治へ出かけた。
「季節ですから網代《あじろ》の漁をさせてごらんになるとおもしろうございます」
 と進言する従者もあったが、
「そんなことはいやだ。こちらも氷魚《ひお》とか蜉蝣《ひおむし》とかに変わらないはかない人間だからね」
 としりぞけて、多数の人はつれずに身軽に網代車に乗り、作らせてあった平絹の直衣《のうし》指貫《さしぬき》をわざわざ身につけて行った。宮は非常にお喜びになり、この土地特有な料理などを作らせておもてなしになった。日が暮れてからは灯《ひ》を近くへお置きになり、薫といっしょに研究しておいでになった経文の解釈などについて阿闍梨《あじゃり》をも寺からお迎えになって意見をお言わせになったりもした。主客ともに睡《ねむ》ることなしに夜通し宗教を談じているのであるが、荒く吹く河風《かわかぜ》、木の葉の散る音、水の響きなどは、身にしむという程度にはとどまらずに恐怖をさえも与える心細い山荘であった。もう明け方に近いと思われる時刻になって、薫は前の月の霧の夜明けが思い出されるから、話を音楽に移して言った。
「先日霧の濃く降っておりました明け方に、珍しい楽音を、ただ一声と申すほど伺いまして、それきりおやめになって聞かせていただけませんでしたことが残念に思われてなりません」
「色も香も思わない人に私がなってからは音楽のことなどにもうとくなるばかりで皆忘れていますよ」
 宮はこうお言いになりながらも、侍に命じて琴をお取り寄せになった。
「こんなことをするのが不似合いになりましたよ。導いてくださるものがあると、それにひかれて忘れたものも思い出すでしょうから」
 と言って、琵琶をも薫のためにお出させになった。薫はちょっと手に取って、調べてみたが、
「ほのかに承った時のこれが楽器とは思われません。特別な琵琶であるように思いましたのは、やはり弾き手がお違いになるからでございました」
 と言って、熱心に弾こうとはしなかった。
「とんでもない誤解ですよ。あなたの耳にとまるような芸がどこからここへ伝わってくるものですか、誤解ですよ」
 宮はこうお言いになりながら琴をお弾きになるのであったが、それは身にしむ音で、すごい感じがした。庭の松風の伴奏がしからしめるのかもしれない。忘れたというふうにあそばしながら一つの曲の一節だけを弾いて宮はおやめになった。
「私の家では時々鳴ることのある十三絃はちょっとおもしろい手筋のように思われることもありますが、
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