えさせるのであった。少将が想像したとおりに、家の者は皆この人をひいきにすることになった。まだ少年らしい弟の侍従も、この人を姉の婿にして、同じ家の中で睦《むつ》み合いたいと願っていた。
三月になって、咲く桜、散る桜が混じって春の気分の高潮に達したころ、閑散な家では退屈さに婦人たちさえ端近く出て、庭の景色《けしき》ばかりがながめまわされるのであった。玉鬘《たまかずら》夫人の姫君たちはちょうど十八、九くらいであって、容貌《ようぼう》にも性質にもとりどりな美しさがあった。姫君のほうは鮮明に気高《けだか》い美貌《びぼう》で、はなやかな感じのする人である。普通の人の妻にはふさわしくないと母君が高く評価しているのももっともに思われるのである。桜の色の細長に、山吹《やまぶき》などという時節に合った色を幾つか下にして重なった裾《すそ》に至るまで、どこからも愛嬌《あいきょう》がこぼれ落ちるように見えた。身のとりなしにも貴女《きじょ》らしい品のよさが添っている。もう一人の姫君はまた薄紅梅の上着にうつりのよいたくさんな黒々とした髪を持っていた。柳の糸のように掛かっているのである。背が高くて、艶《えん》に澄み切った清楚《せいそ》な感じのする聡明《そうめい》らしい顔ではあるが、はなやかな美は全然姉君一人のもののように女房たちも認めていた。碁を打つために姉妹《きょうだい》は今向き合っていた。髪の質のよさ、鬢《びん》の毛の顔への掛かりぐあいなど両姫君とも共通してみごとなものであった。侍従が審査役になって、姫君たちのそばについているのを兄たちがのぞいて、
「侍従はすばらしくなったね。碁の審査役にしていただけるのだからね」
と、大人らしくからかいながら、几帳《きちょう》のすぐそばにすわってしまうと、女房たちは急に居ずまいを直したりした。上の兄の中将が、
「公務で忙しくしているうちに、姫君の愛顧を侍従に独占されてしまったのはつまらないね」
と言うと、次の兄の右中弁が、
「弁官はまた特別に御用が多いから、忠誠ぶりを見ていただけないからといっても、少しは斟酌《しんしゃく》していただかないでは」
と言う。兄たちの言う冗談《じょうだん》に困って碁を打ちさして恥じらっている姫君たちは美しかった。
「御所の中を歩いていても、お父様がおいでになったらと思うことが多い」
などと言って、中将は涙ぐんで妹たちを見ていた。もう二十七、八であったから風采《ふうさい》もりっぱになっていて、妹たちを父の望んでいたようにはなやかな後宮の人として見たく思っているのである。庭の花の木の中でもことに美しい桜の枝を折らせて、姫君たちが、
「この花が一番いいのね」
などと言って楽しんでいるのを見て、中将が、
「あなたがたが子供の時に、この桜の木を私のだ私のだと取り合いをした時に、お父様は姉さんのものだとおきめになって、お母様は小さい人のだとおきめになったから、泣く騒ぎまではしなかったけれど、双方とも不満足な顔をしたことを覚えていますか」
こんなことを言いだして、また、
「この桜が老い木になったことでも、過ぎ去った歳月が数えられて、力になっていただけたどの方にもどの方にも死に別れてしまった不幸な自分のことが思われる」
とも言って、泣きもし、笑いもしながら平生ほど時間のたつのを気にせずに中将は母の家にいた。他家の婿になっていて、こちらへ来て静かに暮らす余裕のある日などを持たないのであるが、今日は花に心が惹《ひ》かれて落ち着いているのである。尚侍はまだこうした人々を子にして持っているほどの年になっているとは見えぬほど今日も若々しくて、盛りの美貌《びぼう》とさえ思われた。冷泉《れいぜい》院の帝《みかど》は姫君を御懇望になっているが真実はやはり昔の尚侍を恋しく思われになるのであって、何かによって交渉の起こる機会がないかとお考えになった末、姫君のことを熱心にお申し入れになったのである。院参の問題はこの子息たちが反対した。
「どうしても見ばえのせぬことをするように思われますよ。現在の勢力のある所へ人が寄って行くのも、自然なことなのですからね。院はごりっぱな御|風采《ふうさい》で、あの方の後宮に侍することができれば女として幸福至極だろうとは思いますが、盛りの過ぎた方だと今の御位置からは思われますからね。音楽だって、花だって、鳥だってその時その時に適したものでなければ魅力はありません。東宮はどうですか」
などと中将が言う。
「それはどうかね。初めからりっぱな方が上がっておいでになって、御|寵愛《ちょうあい》をもっぱらにしておいでになるのだから、それだけでも資格のない人があとではいって行っては、苦痛なことばかり多いだろうと思うからね。お父様がほんとうにいてくだすったら、この人たちの遠い未来まではわからない
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