この継母《ままはは》はよく世話をして周囲にも気を配ることを怠らないのであった。
大納言家の内が急に寂しくなった気がして、西の姫君などは始終いっしょに暮らした姉妹《きょうだい》なのであるから、物足らぬ寂しい思いをしていた。東の姫君も大納言の実子の姉妹とは親しく睦《むつ》び合ってきたのであって、夜分などは皆一つの寝室で休むことにしていて、音楽の稽古《けいこ》をはじめ、遊戯ごとにもいつも東の姫君を師のようにして習ったものである。東の女王《にょおう》は非常な内気で、母の夫人にさえも顔を向けて話すことなどはなく、病気と思われるほどに恥ずかしがるところはあるが、性質が明るくて愛嬌《あいきょう》のある点はだれよりもすぐれていた。こんなふうに東宮へ長女を奉ったり、二女の将来の目算をしたりして、自身の娘にだけ力を入れているように見られぬかと大納言は恥じて、
「姫君にどういうふうな結婚をさせようという方針をきめて言ってください。二人の娘に変わらぬ尽力を私はするつもりなのだから」
と大納言は夫人に言ったのであるが、
「結婚などという人並みな空想をあの人に持つことはできませんほど弱い気質なのでございます、それで普通の計らいをしましてはかえって不幸を招くことになると思いますから、運命に任せておくことにしまして、私の生きております間は手もとへ置くことにいたします。それから先は非常に心細く想像されますが、尼になるという道もあるのですし、その時にはもう自身の処置を誤らないだけになっていると思います」
などと夫人は泣きながら言って、大納言の好意を謝していた。
東の姫君にも同じように父親らしくふるまっている大納言ではあったが、どんな容貌《ようぼう》なのかを見たく思って、
「いつもお隠れになるのは困ったことだ」
と恨みながら、人知れず見る機会をうかがっていたが、絶対と言ってもよいほど、姫君は影すらも継父に見せないのであった。
「お母様の留守の間は私が代理になって、どんな用の時にも私はこちらへ来るつもりなのだが、まだ親と認めないお扱いを受けるのに悲観されます」
などと、御簾《みす》の前にすわって言っている時、姫君はほのかに返辞くらいはしていた。声やら、気配《けはい》やらの品のよさに美しい容貌も想像される可憐《かれん》な人であった。大納言は自分の娘たちをすぐれたものと見て慢心しているが、この人には劣っているかもしれぬ、だから世界の広いことは個人を安心させないことになる、類がないと思っていても、それ以上な価値の備わったものが他にあることにもなるのであろうなどと思って、いっそう好奇心が惹《ひ》かれた。
「ここ数月の間はなんとなく家の中がざわついていまして、あなたの琴の音を長く聞くこともありませんでしたよ。西にいる人は琵琶《びわ》の稽古《けいこ》を熱心にしていますよ。上達する自信があるのでしょうか。琵琶はまずく弾《ひ》かれると我慢のならないものです。できますればよく教えてやってください。この老人はどの芸といって特に深く稽古をしたものといってはないのですが、昔の黄金時代に行なわれた音楽の遊びに参加しただけの功徳で、すべての音楽を通じて耳だけはよく発達しているのです。たくさんはお聞かせになりませんが、時々お聞きするあなたの琵琶の音にはよく昔のその時代を思い出させるものがありますよ。現在では六条院からお譲りになった芸で、左大臣だけが名手として残しておいでになりますが、薫《かおる》中納言、匂宮の若いお二人はすべての点で昔の盛りの御代《みよ》の人に劣らないと思われる天才的な人たちで、熱心におやりになる音楽のほうで言えば、宮様の撥音《ばちおと》の少し弱い点は六条院に及ばぬところであると私は思っているのです。ところがあなたのは非常に院のお撥音に似ています。琵琶は絃《いと》のおさえ方の確かなのがよいということになっていますが、柱《じ》をさす間だけ撥音の変わる時の艶な響きは女の弾き手のみが現わしうるもので、かえって女の名手の琵琶のほうを私はおもしろく思いますよ。今からお弾きになりませんか。女房たち、お楽器を」
と大納言は言った。女房らは大納言に対してあまり隠れようとはしないのであるが、若い高級の女房の一人で、顔を見せたがらないのが、じっとして動かないのを大納言は、
「お付きの人たちさえも私を他人扱いするのがくやしい」
と腹をたてて見せたりもした。
若君が御所へ上がろうとして直衣《のうし》姿で父の所へ来た。正装をしてみずら[#「みずら」に傍点]を結った形よりも美しく見える子を、大納言は非常にかわいく思うふうであった。夫人も行っている麗景殿《れいげいでん》へすることづてを大納言はするのであった。
「お任せしておいて、今夜も私は失礼するだろうと思う、と言うのだよ。気分が少し悪いか
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