、若君は東宮へ伺うこともできずに兵部卿の宮のお曹司《ぞうし》へ泊まることにした。
花も羞恥《しゅうち》を感じるであろうと思われるにおいの高い宮のおそば近くに寝《やす》んでいることを、若君は子供心に非常にうれしく思っていた。
「この花の持ち主の方はなぜ東宮へお上がりにならなかったのかね」
「よく存じませんけれど、宮仕えよりも普通の結婚を父母は望んでいるのではございませんでしょうか」
などと若君はお答えしていた。大納言の希望は自身の娘のほうであることも宮は他から聞き込んでおいでになるのであるが、憧憬《あこがれ》をお持ちになるのは東の女王《にょおう》のほうであったから、花の返事も明瞭《めいりょう》にあそばしたくないお気持ちがあって、翌朝若君の帰る時に、感激のないただ事のようにして、
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花の香に誘はれぬべき身なりせば花のたよりを過ぐさましやは
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こんな歌をおことづてになるのであった。
「大人《おとな》などには話さないで、そっと女王さんに私の言ったことを取り次ぐのだよ」
と返す返す宮は仰せられた。若君も東の姉君を他の姉よりも愛しているのであって、かえって他の姉たちは顔も見せるほどにして近づかせ、普通の家の兄弟と変わらないのであるが、重々しい上品さのある女王を、幸福の多い、はなやかな境遇に置いてみたいと常に望んでいるのに、太子の後宮へはいった姉が両親からはなばなしく扱われるのを見て、それも姉なのであるからよいわけであっても、不満足な気がするために、せめてこの宮を東の女王の良人《おっと》にしてみたいと心がけている時に、うれしい花の使いをすることになったのである。
昨日は大納言から歌をお贈りしたのであるから、まず宮のお返事を若君は父に見せた。
「おじらしになる歌だね。あまりに多情な御生活をされることに感心しないでいることをお聞きになって、左大臣や自分などに対しては慎しみ深くお見せになるのがおかしい。浮気《うわき》男におなりになるのもやむをえないほどきれいに生まれておいでになる方が、まじめ顔をされてはかえってお価値《ねうち》も下がるだろうが」
などと陰口《かげぐち》をしながら、今日も御所へ出す若君にまた、
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本《もと》つ香の匂《にほ》へる君が袖《そで》なれば花もえならぬ名をや散らさん
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