でになるのであった。目だつほどに今日までの御生活に区切りをつけるようなことにはしてお見せにならないのであるが、近くお仕えする人たちには、院が出家の実行を期しておいでになることがうかがえて、今年の終わってしまうことを非常に心細くだれも思った。人の目については不都合であるとお思いになった古い恋愛関係の手紙類をなお破るのは惜しい気があそばされたのか、だれのも少しずつ残してお置きになったのを、何かの時にお見つけになり破らせなどして、また改めて始末をしにおかかりになったのであるが、須磨《すま》の幽居時代に方々から送られた手紙などもあるうちに、紫の女王《にょおう》のだけは別に一束になっていた。御自身がしてお置きになったのであるが、古い昔のことであったと前の世のことのようにお思われになりながらも、中をあけてお読みになると、今書かれたもののように、夫人の墨の跡が生き生きとしていた。これは永久に形見として見るによいものであると思召《おぼしめ》されたが、こんなものも見てならぬ身の上になろうとするのでないかと、気がおつきになって、親しい女房二、三人をお招きになって、居間の中でお破らせになった。こんな場合でなくても、亡《な》くなった人の手紙を目に見ることは悲しいものであるのに、いっさいの感情を滅却させねばならぬ世界へ踏み入ろうとあそばす前の院のお心に女王の文字がどれほどはげしい悲しみをもたらしたかは御想像申し上げられることである。御気分はくらくなって涙は昔の墨の跡に添って流れるのが、女房たちの手前もきまり悪く恥ずかしくおなりになって、古手紙を少し前方へ押しやって、
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死出の山越えにし人を慕ふとて跡を見つつもなほまどふかな
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と仰せられた。女房たちも御遠慮がされてくわしく読むことはできないのであったが、端々の文字の少しずつわかっていくだけさえも非常に悲しかった。同じ世にいて、近い所に別れ別れになっている悲しみを、実感のままに書かれてある故人の文章が、その当時以上に今のお心を打つのは道理なことである。こんなにめめしく悲しんで自分は見苦しいとお思いになって、よくもお読みにならないで長く書かれた女王の手紙の横に、
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かきつめて見るもかひなし藻塩草《もしほぐさ》同じ雲井の煙とをなれ
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とお書きになって、それも皆焼かせておしまいになった。
仏名の僧を迎える行事も今年きりのことであるとお思いになると、僧の錫杖《しゃくじょう》の音も身に沁《し》んでお聞かれになった。院のために行く末長く寿命の保たれることを僧たちの祈り唱えるのも、院のお心には仏へ恥ずかしくお思われになった。雪が大降りになって厚く積もった。帰ろうとする導師を院は御前へお呼びになって、杯を賜わったりすることなども普通の仏名式の日以上の手厚いおねぎらいであった。纏頭《てんとう》なども賜わった。長くこの院へお出入りし、御所の御用も勤めているお馴染《なじ》み深い僧が、頭の色もようやく変わって老法師になった姿も院には哀れにお思われになるのであった。この日も例の宮がた、高官たちが多数に参入した。梅の花の少し花らしく顔を上げ出したのが、雪の中にきわだって美しく見える日であったから、音楽の遊びもあってしかるべきなのであるが、本年中はなお管絃《かんげん》もむせび泣きの声をたてるもののように思召されるお心から、そのことはなくて、詩歌を歌わせてお聞きになるくらいのことでとどめられた。導師へ院が杯をおさしになった時のお歌は、
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春までの命も知らず雪のうちに色づく梅を今日かざしてん
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というのであって、お返し、
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千代の春見るべきものと祈りおきてわが身ぞ雪とともにふりぬる
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参会者の作も多かったが省いておく。院の御|美貌《びぼう》は昔の光源氏でおありになった時よりもさらに光彩が添ってお見えになるのを仰いで、この老いた僧はとめどなく涙を流した。
今年が終わることを心細く思召す院であったから、若宮が、
「儺追《なやら》いをするのに、何を投げさせたらいちばん高い音がするだろう」
などと言って、お走り歩きになるのを御覧になっても、このかわいい人も見られぬ生活にはいるのであるとお思いになるのがお寂しかった。
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物|思《も》ふと過ぐる月日も知らぬまに年もわが世も今日や尽きぬる
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元日の参賀の客のためにことにはなやかな仕度《したく》を院はさせておいでになった。親王がた、大臣たちへのお贈り物、それ以下の人たちへの纏頭《てんとう》の品などもきわめてりっぱなものを用意させておいでになった
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