吹く夕方に、大将は昔のことを思い出して、ほのかにだけは見ることができた人だったのにと、過ぎ去った秋の夕べが恋しく思われるとともに、また麗人の終わりの姿を見て夢のようであったことも人知れず忍んでいると非常に悲しくなるのを、人目に怪しまれまいとする紛らわしには、阿弥陀仏《あみだぶつ》、阿弥陀仏と唱えて数珠《じゅず》の緒を繰ることをした。涙の玉も混ぜてである。
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いにしへの秋の夕べの恋しきに今はと見えし明け暗《ぐ》れの夢
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この夢の酔いごこちは永遠の悲しみの澱《おり》を大将の胸に残したようである。りっぱな僧たちを集めて忌籠《いみごも》りの念仏をさせることは普通であるが、なおそのほかに法華《ほけ》経をも院がお読ませになっているのも両様の悲哀を招く声のように聞こえた。
寝ても起きても涙のかわくまもなく目はいつも霧におおわれたお気持ちで院は日を送っておいでになった。一生を回顧してごらんになると、鏡に写る容貌《ようぼう》をはじめとして恵まれた人物として世に登場したことは確かであるが、幼年時代からすでに人生の無常を悟らせられるようなことが次々周囲に
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