うが多く伝わって来てお字が続かない。

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何故《なにゆゑ》か世に数ならぬ身一つを憂《う》しとも思ひ悲しとも聞く
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 と実感のままお書きになり、それだけにして包んでお出しになった。少将は女房たちとしばらく話をしていたが、
「時々伺っている私が、こうした御簾《みす》の前にお置かれすることは、あまりに哀れですよ。これからはあなたがたを友人と思って始終まいりますから、お座敷の出入りも許していただければ、今日までの志が酬《むく》いられた気がするでしょう」
 などという言葉を残して蔵人少将は帰った。
 こんなことから宮の御感情はまたまた硬化していくのに対して、夕霧が煩悶《はんもん》と焦躁《しょうそう》で夢中になっている間、一方で雲井の雁夫人の苦悶《くもん》は深まるばかりであった。こんな噂《うわさ》を聞いている典侍《ないしのすけ》は、自分を許しがたい存在として嫉妬《しっと》し続ける夫人にとって今度こそ侮りがたい相手が出現したではないかと思って、手紙などは時々送っているのであったから、見舞いを書いて出した。

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数ならば身に知られまし世の憂《う》さを人のためにも濡《ぬ》らす袖《そで》かな
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 失敬なというような気も夫人はするのであったが、物の身にしむころで、しかも退屈な中にいてはこれにも哀れは覚えないでもなかった。

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人の世の憂きを哀れと見しかども身に代へんとは思はざりしを
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 とだけ書かれた返事に、典侍はそのとおりに思うことであろうと同情した。
 夫人と結婚のできた以前の青春時代には、この典侍だけを隠れた愛人にして慰められていた大将であったが、夫人を得てからは来ることもたまさかになってしまった。さすがに子供の数だけはふえていった。夫人の生んだのは、長男、三男、四男、六男と、長女、二女、四女、五女で、典侍は三女、六女、二男、五男を持っていた。大将の子は皆で十二人であるが、皆よい子で、それぞれの特色を持って成長していった。典侍の生んだ男の子は顔もよく、才もあって皆すぐれていた。三女と二男は六条院の花散里《はなちるさと》夫人が手もとへ引き取って世話をしていた。その子供たちは院も始終御覧になって愛しておいでになった。それはまったく理想的にいって
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