いになるほかはないでしょう」
 と大将が言った。そのとおりである。名はどうしても立つであろうが、自分自身をせめてやましくないものにしておきたいと思召す心から、宮は冷ややかな態度をお示しになって、

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「わけ行かん草葉の露をかごとにてなほ濡衣をかけんとや思ふ
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 ひどい目に私をおあわせになるのですね」
 と批難をあそばすのが、非常に美しいことにも、貴女らしいふうにもお見えになった。今まで古い情誼《じょうぎ》を忘れない親切な男になりすまして、好意を見せ続けて来た態度を一変して好色漢になってしまうことが宮にお気の毒でもあり、自身にも恥ずかしいと、大将は心に燃え上がるものをおさえていたが、またあまり過ぎた謙抑《けんよく》は取り返しのつかぬ後悔を招くことではないかともいろいろに煩悶《はんもん》をしながら帰って行くのであった。深い山里の朝露は冷たかった。夫人がこの濡れ姿を見とがめることを恐れて大将は家へは帰らずに六条院の東の花散里《はなちるさと》夫人の住居《すまい》へ行った。まだ朝霧は晴れなかった。町でもこんなのであるから、小野の山荘の人はどんなに寂
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