っていることも親にはなお秘密にしておくことがよく昔の小説などにはあるが、宮にそれはおできになれないことであった。女房たちは昨夜《ゆうべ》のことを御息所が片端だけ聞いてもほんとうにあやまちが起こったことのように歎かれるのであろうから、今はまだそうした思いをさせる必要はないと相談をしていながらも、まだどの程度の関係にまで進んだのか進まなかったのかに疑問を持っていて、今来た大将の手紙が真相を説明してくれるであろうと思う好奇心から、宮がお読みになる時に盗み見をしたいと願っているのであるが、宮はお開きになろうともあそばされないのに気を揉《も》んで、
「全然御返事をあそばさないことも、たよりない御性質のように想像をなさることでもございましょうし、お若々し過ぎることでもございます」
 などと言って、大将の手紙を拡《ひろ》げると、
「思いがけないことで、たとえあれだけのことにもせよ男の人を接近させたことは、皆私自身の軽率から起こした過失だとは思うがね、思いやりのないことをした人を、私の憎む心がまだ直らないのだから、読まなかったと言ってやるがいい」
 と不機嫌《ふきげん》に仰せられて宮は横になっておしまいになった。夕霧の手紙は宮の御迷惑になるようなことを避けて書かれたものであった。

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たましひをつれなき袖にとどめおきてわが心から惑はるるかな

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「ほかなるものは」(身を捨てていにやしにけん思ふよりほかなるものは心なりけり)と歌われておりますから、昔もすでに私ほど苦しんだ人があったと思いまして、みずからを慰めようとはいたすにもかかわらずなお魂は身に添いません。
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 こんなことが長く書かれてあるようであったが、女房も細かに読むことは遠慮されてできないのである。事の成り立ったのちに書かれた文《ふみ》ではないようであるとは見ながらも、なお疑いを消してはいなかった。女房たちは宮の御気分のすぐれぬことを歎《なげ》きながら、
「昨晩のことがまだ不可解なことに思われます。非常に御親切だということは長い間に私どももお認めしている方ですけれど、良人《おっと》という御関係におなりになった時と、熱のある友情期間とが同じでありうるでしょうかどうかが心配ですよ」
 などと言い、親しく宮にお仕えしている女房たちもこのことに重い関心をもって宮のためにお案じ申し上げているのであった。御息所はまだこのことを少しも知らずにいた。
 物怪に煩っている病人は重態に見えるかと思うと、またたちまちに軽快らしくなることもあって、平常に近い気分になっていたこの日の昼ごろに、日中の加持が終わり、律師一人だけが病床に近くいて陀羅尼《だらに》経を読んでいた。病人の苦痛のやや去ったことを律師は喜んで、祈りの終わりに、
「大日如来が嘘《うそ》を仰せられたのでなければ、私が熱誠をこめて行なう修法に効果の見えぬわけはありません。悪霊は執拗《しつよう》であっても、それは業《ごう》にまとわれたつまらぬ亡者《もうじゃ》ではありませんか」
 と太い枯れ声で言っていた。俗離れのした強い性格の律師で、突然、
「あ、左大将はいつごろから宮様の所へ通って来ておいでになりますか」
 と問うた。
「そんなことはありません、亡《な》くなられた大納言の親友でしたから、あの方が遺言して宮様のことも頼んでお置きになったものですから、その約束をお守りになって、それ以来親切によく訪《たず》ねて来てくださることが、もう何年も続いています。そんなお交際《つきあい》の仲なのですが、この遠い所まで私の病気を見舞いに来てくださいましたそうですから、恐縮して私は聞いておりましたよ」
 御息所《みやすどころ》の答えはこうであった。
「とんでもない。私に隠しだてをなさる必要はない。今朝《けさ》後夜《ごや》の勤めにこちらへ参った時に、あちらの西の妻戸からりっぱな若い方が出ておいでになったのを、霧が深くて私にはよく顔が見えませんじゃったが、弟子《でし》どもは左大将が帰って行かれるのじゃ、昨夜《ゆうべ》も車をお返しになってお泊まりになったのを見たと口々に言っておりました。そうだろうと私もうなずかれました。よい匂《にお》いのする方じゃからな。しかしこの御関係は結構なことじゃありませんなあ。あちらがりっぱな方であることに異議はないが、しかしどうも賛成ができん。子供でいられたころからあの方の御|祈祷《きとう》は御祖母の宮様から私が命ぜられていたものじゃから、今も何かといっては私に頼まれるのですがな、そのことはよくありませんな。奥さんの勢力が強くてしかたがない。盛んな一族が背景になっていますからな。お子さんはもう七、八人もできているでしょう。こちらの宮様がそれにお勝ちになることはできないでしょうな。
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